52.王の子の事情 5
ルディが教室に入って来た時。
カイルは自分に用があるのだろうと思っていた。
自分に関心がないと思っていた兄が訪ねてきたのを、狐につままれた思いを抱きながら、迎えようとした。
しかし、一度交わされた視線はすぐにそれて、ルディは側にいたフィーナに顔を向ける。
フィーナを見たルディは、嬉々として顔をほころばせた――。
ルディがフィーナの側へ歩み寄った時も、戸惑うフィーナの手を引いて、教室を出ようとした時も――助けを求めるように、フィーナが何度かカイルを振り返った時も。
カイルは呆然と、その場に立ち尽くしていた。
――動けなかった。
何がどうなっているのか、全くわからなかった。
ルディとフィーナ、接触があったと思わせる会話も、ルディ直々に訪れた心情も、ルディに戸惑いながらも畏怖を感じていないフィーナにも。
カイルには状況がわからず、見ていることしかできなかった。
フィーナを連れてルディが教室を出ると、さわさわと話し声がさざ波だった。
ざわめきにならなかったのは、第二王子であるカイルを考慮してだろう。
話が人伝に広がり、いくつか先の教室まで届こうかと言う時、慌てたダードリアが教室に来た。
急いでいたらしく、呼吸があらい。
ざっと教室を見渡して、フィーナの不在、戸惑う生徒を見て、状況を察したようだった。
「間に合わなかった……」
眉をひそめて口の端を曲げている。
後で、ルディが「用があるから」とフィーナを連れて行き、午後の授業を休ませると教師陣に伝えたのだと知る。請け負ったのは教師陣の上層部で、ダードリアには事後通達だった。
話を聞いたダードリアは、ルディがフィーナに接触する前に止めようとしたのだが、間に合わなかった。
その後、午後の授業が始まる前に、ダードリアはフィーナが午後からの授業を休むことだけを告げて、理由も事情も口にはしなかった。
生徒たちもそれ以上は聞かなかった。
聞かなかったものの――。
カイルを伺う雰囲気を、カイル自身が感じていた。
◇◇ ◇◇
「カイル」
フィーナが教室に戻って、サリアとカイルが事情をきいたあと。
それぞれ別れて教室を出ると、サリアはカイルの後を追った。
フィーナには「用があるから」と先に寮に戻るよう告げている。
呼ばれたカイルが足を止める。
歩み寄ったサリアは、カイルを伺いつつ口を開いた。
「……大丈夫?」
「……何がだ?」
「考え込んでる……顔、してるから」
訊ね返したカイルだったが、サリアが考えていることは予想できた。
カイル自身、わかっていた。
わかっていたが、今は答えられない。
自分でも感情を持て余している自覚はあった。
サリアはカイルの無言を違う意味で受け止めたらしく「驚いたわよね」とため息交じりに呟いた。
「まさかルディ殿下と……いつの間にかお知り合いになってたなんて」
そう、困ったように告げる。
「そうだな」
同意しつつ、サリアが心配する感情とは別の思いが、カイルの胸の内でじりじりとくすぶっていた。
サリアの顔も、カイルはまともに見れなかった。
サリアを見ようとしないカイルを、サリアは、フィーナの状況を困惑しているからだと思ったようだ。
「ルディ殿下がフィーナを取り立てるなんて……そんなことには、ならないわよね?」
サリアは宰相、ガブリエフ・スチュードの娘だ。
父親からルディに関して、ある程度聞いているのだろう。
聞いている内容から、サリアとしてはフィーナはルディに近づいて欲しくないと思っている。




