24.礼儀作法の指導【アルフィード編】
オリビア、はっちゃけてます。
……あれ? こんな性格だったっけ?(笑)
いつもより長めです。分けようかとも思いましたが、きりのいいところまで。
オリビアに
「フィーナの礼儀作法は私が」
そうアルフィードが言ったことが、事の始まりだった。
◇◇ ◇◇
「もう一度、話してもらえるかしら」
言葉は通常と変わりなく、けれど声の低さ、表情から、オリビアの底知れない怒りを、その場に同席した者たちは感じていた。
オリビアが所有する来客室には、騎士団員数名とアルフィード、通達を伝える役人が同席している。
オリビアの怒りを感じつつ、通達を伝える役人は青ざめた顔と震える声で再度、告げた。
「アルフィード・エルド様の妹君、フィーナ・エルド様へ礼儀作法を指導する件は了承致しました。つきましては、未だ指導員が定まっていない数名に関してもアルフィード様のご指導を仰ぎたいと――」
「指導員探しが困難な者達を、アルフィードに押し付けたいってことかしら?」
オリビアが告げる言葉と声は柔らかく、表情は笑みを灯しているものの、対面した者が空寒くなる凄みを帯びていた。
元々、指導員が必要とされているのは貴族の慣習を知らない市井の民である。
セクルト卒業者の中にも庶民出生者はいるにはいるが、宮廷に在籍するのは一握り。
市井出身者はセクルトを卒業して後、地方の役所に勤めるのがほとんどだった。
地方の役所勤めの者では、中枢部の状況を把握できないし、中央で必要な礼儀を簡素化しているので、指導員としては能力不足が否めない。
そうした点を考慮しての、アルフィード擁立だったのだが、実際、取りくむ者の実情を鑑みない現状に、オリビアは怒り心頭していた。
「いえ、決してそのようなことは――」
「だったら。指導員をあてがうのが困難な者達の、選考手順の資料を全て持ってきて。
……責任者がね」
オリビアの要望に応じて、慌ただしく責任者と思しき年配の役員三名が、オリビアの元を訪れた。
いずれも中年と言われる年齢を越している世代である。
敬礼し、恐縮しきりの彼らに、オリビアは冷めた視線を向けている。
「先に聞いていたけれど。指導員選考はどのようになされているのかしら?」
「は。それは出世地に応じまして――」
「出生地。なぜそれに応じなければならないの」
「……と、言いますと……?」
オリビアの質問の意図がわからないらしい役人が、問いなおす。
オリビアは嘆息して、言いなおした。
「貴族出生者が指導のためとはいえ、市井の生活に準じたくない。出生地を元に指導員を探せば、生活基準の問題はないだろう。しかしそうすると成り手がいない。
アルフィードは市井出身で、妹の指導を申し出ている。だったら同じ市井の子供の指導なのだから、大差はないだろう。皺寄せをエルド嬢に任せよう。……そういう認識でいいかしら」
「………………」
問われた役人は、何も言えず、口をつぐんで黙り込んだ。
対面している役人達も、オリビアが怒りを感じる部分を理解できた。
現状、そうした状況なのだ。
「それで? アルフィードが受け持った生徒が粗相をした時はどうなるのかしら」
アルフィードの指導が至らないからと批判を受けるのでは。
オリビアはその状況も危惧していた。
素地がある者と素地がない者との指導では、目に見えての違いが生じる。
素地があれば呑み込みが早いのは言わずもがな。問題は素地がない面々をどう指導していくかだ。
本来、セクルトの経験豊富な教師陣に頼むのが筋なのだ。
それを年端もいかない宮廷見習いに責任を押し付けようというのが、オリビアは我慢ならなかった。
「それは……」
想定していなかった事象に、役人の面々は口ごもった。
後々のトラブルまで見越していない浅はかさが、オリビアの逆鱗にふれている。
しばらく返答を待っていたものの、何も言わない役人たちに、オリビアはそれが答えだと受け止めた。
「わかりました」
嘆息して了承を口にするオリビアに、役人たちは幾分の安堵を見せた。
自分たちの考えた通ったのだと思っているようだった。
「この件は父上にも相談致します」
ざわり、と室内がさざめいた。貴院校に対する権限は、国の中枢部に据えるほどの重要性はないと考えられている。
オリビアの提言は、中枢部を関わらせる意図が見えていた。
「妹の礼儀作法の指導に、半年費やしても構わないという姉の心情を。
だったら同じ境遇の輩も面倒見れるのでは。と、妹への指導時間を短くして、残りを他に充てさせよう。
そうした心根を卑しく思うのは私だけでしょうか」
自身の部署内で出来なかったことを「自分ができる範囲で」と好意を持って申し出た所を逆手にとり、必要以上の仕事を任せようとする。その心根の真意をオリビアは問うていた。
本当に「人員不足」で「後々の責任はこちらで被る」と言うのなら、オリビアもアルフィードのフィーナ以外への派遣を甘んじて受けただろう。
しかしそうでない部分を、オリビアも察していた。
上司を呼び出しての話し合いと言う名の脅しは、そうした状況を踏まえてのものだった。
「もう一度お聞きします。責任の所在は?」
「……内閣府で請け負う所存です」
苦り切った声で答える役人に「そうですか」と安心したように、オリビアは表情を緩めた。
「エルド嬢の、妹を思いやる心根は、私としても感銘をうけるものでした。
その期間、宮廷に赴くことはないので、エルド嬢の宮仕えは休む形となりますが、元をただせば、セクルトが起因となった今回の国の指導事業でしょう?
指導員をあてがえなかったのは役所です。
それを補おうとしてくれるのですもの。
給金も、妹気味の指導に当たられている間は、通常支払を行おうと考えておりました。
……そちらも相応の対応をしてくださるのですよね?
まさか無償奉仕を考えてはいませんよね?
私への、側仕えの時間を指導にあてがっているのですものね。
……ああ、そうであれば、妹君以外の指導に関しては、エルド嬢の指導意向を組んで頂けますよね?」
冷笑を崩さないまま、つらつらと言葉を続けるオリビアに、役人たちは何も反論できないまま、彼女の言うように、思うように、事は進んだ。
一定の折り合いがついて、逃げるようにそそくさと退出した役人達を、冷笑の奥に激怒が隠れ見える表情で見送ったオリビアは、バタン、と閉まった扉をしばらく見つめた後、すっと立ち上がった。
そして座っていた椅子に置いてあったクッションをむんずと掴むと、閉まった扉に向けて、力任せに投げつけた。
「ふっざけんな! 脳みそスカスカ軍団っ!」
今現在、室内に在籍するのは、オリビアに属する騎士団の面々とアルフィード、そしてオリビアの身の回りの世話をする執事、メイドたちだった。
その誰もがオリビアが怒りに任せた言動に遭遇したことがあるので、対処法には心得があった。
対処法……オリビアの気がすむのを待つのである。
オリビアが投げつけたクッションは扉に衝突すると、軽い音を立てて扉下部に落ちていった。
そのクッションめがけてオリビアは大股で歩いて行くと、床に落ちたクッションを拾い上げて、扉に背を向けるとその場で床に叩きつける。
ばふん、と落ちたクッションを右足で「ダンっ!」と音を立てて踏みつけた。
「アルがよかれと思って言ってくれたことに便乗して!
自分たちは何の苦労もしないで厄介事だけ押し付けて!
もうちょっと考えて立ち回れないわけ!?
ホント使えないっ! バカばっかり!」
叫びに応じてクッションを踏みつけている。踏みつけられるクッションがかわいそうに思えてくるほど、オリビアの行為を客観的に見ることができた。
これがオリビアだ。
騎士団の面々にしろ、側仕えとして接する者たちにしろ、友人として接してくれるアルフィードにしろ。
オリビアが「身内」と認めた者が理不尽な状況に遭遇すると、その状況の打破を試み、自身が「理不尽」を強いられたかのように怒ってくれる。
その激しい怒りに、本来、怒りを感じるはずの当人が冷静になってしまうほど、オリビアは親身になってくれた。
そんなオリビアを、アルフィードは好ましく思えて仕方ないのだ。
この時も、アルフィードが自分が置かれた状況を理解して怒りを覚える前に、オリビアが対処してくれたことで溜飲を下げることができた。
怒りが激しすぎて「このっ! このっ!」とクッションを踏み続けるオリビアに「落ち着いて」と諌めたほどだ。
諌められたオリビアは、しばらくは呼吸荒く、眉間に皺を寄せ、まなじりを釣り上げていたが、怒りが落ち着いてくると、渋面でアルフィードを見た。
「しばらく、会えなくなる……?」
「……うん……」
礼儀作法の指導をする間は、会えないだろう。フィーナだけでなく、他の指導も請け負ってしまった。
アルフィードも、話を聞いてしまったら気になって「関係ない」で捨て置けない。貴族街出身者が赴くより、自分が赴いた方が軋轢なくすむだろう。
個々の対応は難しいので、近辺の入学予定者を集めて、同時期に指導しようと考えていた。その場所も、準備してもらおうとは考えている。
「ほんの数ヵ月だから」
安心させようと告げたアルフィードだったが、ふと、自身の言った言葉を思い返す。
――それほど長い間、オリビアと離れたことがあっただろうか……?
オリビアと出会ってから。月単位で接点がなかったことはないように思える。それほどオリビアの側にいた自分に、アルフィード自身、驚いていた。
アルフィードが感じた不安をオリビアも感じていたのだろう。何か言いたげな眼差しを向けたものの、くっと我慢して、アルフィードの礼儀作法の指導を応援する言葉を口にした。
アルフィードはオリビアの言葉に頷いた。
フィーナ以外の指導に関しても、きちんと向き合おう。そう思って。
アルフィードが寝食を過ごす場所は、オリビアの側仕えの関連で、彼女と館を同じとしている。
オリビアの警備範囲にアルフィードも含まれていたので、これまで護衛は必要なかった。
実家はいいとして、他の子供を指導する際には護衛が必要だろうと考えるオリビアに、アルフィードは「とんでもない」と首を横に振った。
「そんな身分じゃないから」
「……アルはさ。もう少し自分のこと、考えようね」
何とも言えない、生ぬるい眼差しを送るオリビアに、アルフィードは本気で首を傾げた。
オリビアは嘆息して、アルフィードがわかりやすい事象を口にする。
「アルの村はどうか知らないけど、アルの伴魂のような珍しい鳥は高値で取引されるの。
派遣される先の治安はわからないから。
略奪を警戒してもおかしくないでしょ?」
アルフィードの村、ドルジェは子供が一人遊びしても大丈夫なほど、のどかな気質で治安は良い。
経済的に豊かではないが、生に困窮することはないので、村人の気質は穏やかでおおらかなものだった。
そんなアルフィードは知らないだろうが、住む場所が異なれば人も環境も異なる。過酷な環境に身を置く者達は、自らの生の為に他人の犠牲などかまっていられない。
アルフィードはオリビアの言葉に、ようやく納得した。自分の伴魂が人目を引くのは理解していた。伴魂を狙われる可能性はあるし、奪われるのは困る。
(それだけじゃ、ないんだけどね)
アルフィードはわかっていないが、彼女自身、人目を引く存在であった。
貴院校時代から受けている所作の指導、宮仕えしてからの指導。歩くだけでも庶民とは思えない雰囲気を纏っていた。
それが宮廷内なら皆がそうなので目立たないのだが、市井の中に入ると明らかに悪目立ちする。出生を誤解されて狙われる可能性が大きかった。
治安の悪い場所での未成年の単独行動は、危険なことこの上ない。
オリビアは、アルフィードとも知り合いである、元騎士のザイルに護衛を頼んで、アルフィードも了承した。ザイルは少々変わった性格の持ち主だが、能力的には信頼がおける。
アルフィードがフィーナの指導を申し出たのは、妹を心配しての思惑以外もあった。
気がかりだった白い伴魂とうまくいっているのか、確認したかった。
週に一度のペースで家に帰った時、それとなく気を配っているのだが、肝心のネコがいない。
フィーナに聞けば、どこかに行っていることもままあるので、特に気にしていなかった。
アルフィードとしては伴魂は主の側に居るもの、居たがるものだと認識していたので、フィーナと伴魂の関係に驚きを隠せない。
週に一度の確認が難しいのなら、月単位で暮らせば、接触が図れる、フィーナと伴魂の関係が確認できる。
そう思っていたのだが。
(まさか、こんなに会えないだなんて)
アルフィードが指導員として滞在する間、ネコを見かけたのは数回程度。
こんなに一緒に居なくても大丈夫なのかとフィーナに確認すると、普段はもっと家に帰ってくるという。
「帰ってこないときも時々あるけど」
「それで大丈夫なの?」
「学校でも会えてるし、他でもちょこちょこ会ってるから」
「家にだけ、帰ってこないってこと?」
それはどういうことなのだと、首を傾げるアルフィードに、フィーナはけろりと言いなはった。
「お姉ちゃんが怖いんだって」
「こ、怖い……?」
自分に対して聞いたことのない言葉に、アルフィードは少なからず動揺した。
怒ったオリビアに対して耳にしたことのある言葉だったが、まさか自分に向けられるとは。
そう思われる心当たりがなかった。接触すること自体、数えるほどしかないというのに。
アルフィードの心情に気付かないまま、フィーナは言葉を続ける。
「お姉ちゃんに会いたくないから、帰りたくないって」
フィーナとしては悪気はなく、聞かれたことに対して答えただけだった。
同時に、物怖じしない性格の姉だから、ショックを受けるとは思っていなかった。
(『怖い』って……。私、何もしてないじゃない)
フィーナの指導を早めに切り上げて、次の目的地に向かう馬車の中。ザイルと乗り合わせた馬車に揺られながら、アルフィードは思考にふけっていた。
つい先ごろも、同じことを言われた。
「お前って、何か怖いな」
告げたのは栗色の髪の青年だった。
以前、フィーナが伴魂を制御できるよう、戒めとなる輪を購入した店で居合わせた青年だ。彼はいつの間にか、オリビアの騎士団に所属していた。
何でも、リーサスが彼を推薦して、ディルク経由でオリビアに紹介されたのだと言う。
見かけた店が店なだけに、素性は確かなのか気になったが、騎士団には腕前を見込まれると素性に難があっても入団する者もいるという。
オリビアも彼の腕前を認めて入団となった。
オリビアの騎士団の一員となったことで、アルフィードとも時折顔を合わせていた。
アルフィードはなぜか、彼を好ましく思えなかった。
誰に対しても敬語を絡めず軽口で接するし、態度も素行も軽いのが、胸をざわつかせた。
後で考えると、そうした苛立ちが、彼と接する時、顔に、態度に出ていたのかもしれない。
「アルが人を嫌うのって珍しいわね」
と、オリビアに言われたのにも驚いたが、当人からも苦笑混じりに告げられたのにも驚いた。
自分でも気付かないうちに態度に出ていたのにも、驚いていたと言うのに。
だから。
そうした宮廷でのやり取りがあって、フィーナの言葉を聞いて。
本当はもっとフィーナと伴魂の関係を確かめたかったのだが、踏み込めずに期間を終えてしまった。
馬車に乗る前。
家に戻ってきたフィーナの伴魂を見つけた時も、妹の言葉を思い出して、駆け寄りたい衝動と言いたいことをぐっと我慢して見つめることしか――本人にそのつもりはないが、睨んでいた――できなかった。
……目があった白い伴魂は、びくりと体をすくめて、小さく萎縮していた。
その姿はフィーナが言っていたことを体現していた。目の当たりにしたアルフィードはショックを深めることとなる。
馬車の中で思い出し、自分でも自然とため息を落としていたアルフィードに、ザイルが「どうしました?」と声をかける。
思考に入り込んでいたアルフィードは、その声にハッとした。
「いえ……」
とだけ、答えたものの、思考は再び、同じものへとたどり着いてしまう。
体を小さくしていたフィーナの伴魂と、苦笑交じりにつぶやいた騎士団の青年。
同じ空色の瞳が、連想されて脳裏をよぎる。
「……シン……」
騎士団の青年の名前をぽつりと呟いて、アルフィードは胸の奥の苦いものを抱えていた。
長くなりました。
書きたい個所はどうにか入れられました。
……ってか、オリビアに関わる箇所が長くなりました……。
どうにか滑り込みで入れらた箇所より長くなってる……。