46.第一王子の伴魂 10
しかしそれも少しのことで、他のことに思い至ったらしく、また渋面を浮かべる。
「だが挨拶はなかった」
「それは――」
言われて思い返すと――確かに、ルディに挨拶を送った記憶がない。
改めて思い起こして、フィーナは血の気が引く思いにかられた。
なぜ挨拶を送らなかったのか。
思い起こして、状況が難しかったと思い出す。
ハロルドの相手をしていた時、急に背後から剣を突き付けられて。
ハロルドをかどわかすのではと疑われ、誤解を解こうとしていた経緯から、挨拶の時を逸していた。
「――剣をつきつけられて、状況を説明するために挨拶もままならない状況であったかと……」
「剣をつきつける?」
「婦女子に一体なにを――」
フィーナの答えに、ジェイクもダンケッドも驚いていた。
フィーナが市井出身としても、セクルドの生徒に変わりない。
学生を刃物で脅すなど、ありえない状況だった。
側仕え二人の詰問に、ルディは尻込みしつつ、状況を説明した。
あらましを聞いた二人は、ハロルドに懐かれるフィーナに納得した。ルディが機嫌を損ねた理由も想定できたので、立ち直れるよう、ルディに助言した。
「ルディ殿下が側におられたから、私たち二人の素性もわかったのだろう?」
必要以上に芝居じみて告げる金髪のジェイクに驚きながら、フィーナは同意して頷いた。
「ルディ殿下がいらっしゃらなければ、御二方の名前はすぐにはわかりませんでした」
「拝顔して殿下だとすぐ気付いたのか?」
「もちろん」
スーリング祭でも顔を合わせているのだ。カイルに似ている面ざしだということもあって、すぐに気が付いた。
フィーナの答えを聞いて、ルディは顔を輝かせた。
「気付いていたならいい」
と、機嫌もなおっている。
フィーナは状況がよくわからず、内心首をかしげていたものの、とりあえずルディの機嫌がよくなってほっと安堵した。
それからルディは、フィーナがハロルドの世話係となる話をした。
「試用期間を設けて最終判断するがな」
その間、側仕え二人と顔を合わせる機会もあるだろうからと、顔合わせをもうけたのだという。
(先に言ってよ!)
心の準備ができてないし! 心臓に悪すぎるし!
……などの思いを胸の内に抱きつつ、フィーナは引きつった笑みでルディと側仕え二人に対応していた。
側仕えの二人も、世話係の話は全く聞いていなかったのだろう。
驚いたものの、ルディの決定に異論は唱えられない。
従う素振りを見せつつ、フィーナを警戒する雰囲気を纏っていた。
側仕え二人にそつのない笑顔で対応しながら、フィーナは他にも気を付けることがあった。
(――『何でこんな、バカばっかなんだろうな?』)
マサトのほの暗い炎を感じさせる不機嫌さが、意思の疎通で伝わってくる。
ハロルドの状況を良くしようと思案しているのに、ルディは自身の側仕えとフィーナを対面させた。
フィーナはオリビアの側仕え、アルフィードの妹で、今はカイルのクラスメイトだ。
アルフィードの妹だと言ったが、カイルとの繋がりはまだ知られていないだろう。
知られていないが、調べればすぐにわかる。
ジェイクとダンケットがフィーナを警戒するのは目に見えている。
フィーナの行動が監視しされ、制限され、ハロルドの状況改善が難しくなると容易に想定できた。
苛立ちを募らせる、自身の伴魂の感情の激しさに、フィーナは内心悲鳴を上げていた。
同時に、世話係の仕事が想定以上に難しくなったと漠然と感じていた。




