39.第一王子の伴魂 3
サンザシの実を渡す約束をした日の昼休み。
食堂で昼食を終えてフィーナが教室でくつろいでいると、廊下側からざわめく声が聞こえた。
初めは小さかったその声が、次第に大きく、近づいているのに気付いて、隣の席のカイルと顔を見合わせる。
なんだろう?
不思議に思っているのは、マサトもだった。
フィーナの足元で、のんびり寝ていたマサトも、ざわめきに耳をそばたたせ、頭をもたげた。
音――声と言うべきか。
そちらに意識を向けて、訝る。
ざわめきがすぐそばまで来たなと思った一瞬、しんと静寂が広がった。
フィーナもカイルも眉をひそめていると、後方の教室のドアが開いて――。
「っ! 兄上!?」
カイルは驚いて、席から立ち上がる。
フィーナも驚きに目を見開いた。
開いたドアから、第一王子、ルディ・ウォルチェスターが足を踏み入れて、室内を見渡した後。
フィーナを見つけて顔をほころばせたのだった。
フィーナはルディと目があったとわかった。
しかしカイルと席が隣で位置が近かったため、カイルは自分に会いに来たと思ったようだ。
――そう思いつつ、弟に厳しい兄が、顔を合わせて笑みを浮かべる状況に、違和感を覚えていたが。
何事かと歩み寄ったカイルを「たいした用ではない」とかわして、フィーナへと足を進める。
てっきり、自分に用があると思っていたカイルは、目の前を通り過ぎるルディを見つめることしかできなかった。自分以外、第一王子と関わりのある人間はこのクラスにいないと思っていたのだ。
フィーナは椅子から立ち上がって呆然としている。
ルディはフィーナの前で足を止めた。
「もらいに来た」
「……話が……違いませんか……?」
悪びれなく、にこやかに話すルディに、フィーナは足元が崩れる心もとなさを感じた。
目立ちたくないから、放課後、昨日の場所で、使いの者にサンザシの実を手渡すと話したはずだ。
なのになぜ人目がある校内に、当人が足を運ぶのか。
昨日話した時は、こちらの事情をわかってくれたと思っていた。
しかし、相手は王族。この国の最高権力者の一族だ。
理解しても、相手を慮る必要などなく、思いのまま行動しても構わないのだ。
――たとえ彼ら一族の見えないところで事が起こる可能性があったとしても。
フィーナは見通しの甘さを悔みつつ、ちらりとカイルに視線を向ける。
カイルもルディとフィーナが対面する状況に呆然としていた。
(カイルに相談しておけばよかった)
後悔するフィーナの耳に、ざわめきが届く。
聞こえる声から、自分の失態に気付いた。
驚きすぎて忘れていた。
ルディに最上級の挨拶をすることなく、発言してしまった。
通常、王族と対面する場合は、下位の者が挨拶を送り王族がそれを受け、着席なりつらくない体勢を許した上で発言を許される。
ルディのように挨拶を受ける前に発言するのもありえなかったが、挨拶もなく発言するフィーナはもっとありえなかった。
ルディがどうするのかと周囲が固唾を飲んでいる。
当のルディは周囲の心配もフィーナの思いも気付かない様子で、話を進めた。
「私がそうしたいと思ったから、ここに来ている。
時間は早いが、心配ない。
話はつけてきた」
(話?)
何のことかわからなかったが、とりあえず、最上級の挨拶をルディに送る。
遅すぎるとわかっている。
わかっているが、しないよりはましだろう。
ルディも挨拶を送ったフィーナを訝っていたが、そこは王族。
挨拶を受けて体勢を許した。
そしてルディは告げる。
担任に午後の授業は休む許可はとった。……と。




