32.珍しい伴魂 9
ルディが気分を害すに違いない。
怒りを露わにするルディを見るのが怖かった。
ルディ・ウォルチェスター。
国の第一王子は、武芸に秀で、傾倒していると聞いている。
オリビアやカイルの話から、二人が第一王子との接触に注意しているのも感じていた。
扱いにくい人柄なのだろうと、フィーナも漠然と思っていた。
外見から柔和な印象を受けるが、厳しい人だとも聞いている。
伴魂が主以外の人間から与えれた物を食べるなど、普通ありえないのだが、ハロルドは食べてしまった。
叱責を覚悟したフィーナだったが、予想ははずれた。
顔を上げるように言われる。
言葉に従っておそるおそる顔を上げると、ルディがフィーナを興味深げに見ていた。
「与えたのはどのようなものだ。持っているのか?」
「サンザシというドルジェ――私の村近くで取れる木の実になります。
今は手持ちはございませんが、部屋にはあります」
「それはどういったものか」
「どう……とは……」
「これは食の好みがうるさくてな。
なかなか気にいるものがないが、それは気に召したようだ」
(――『マタタビだもんな』)
ため息交じりのマサトの声が、するりと意識下に流れ込んでくる。
(――マタタビ?)
(――『ネコ科には酒みたいなもんだ』)
「ああ、だから……」
サンザシの実をたくさん食べた時のマサトは、お酒を飲んだ父と似ていると思い返して、フィーナは我知らず口にしていた。
――「ネコ科」の意味はわからなかったが。
フィーナの呟きをルディが聞き咎める。
「どうした?」
「あ……申し訳――」
王族を前にして、伺いも立てず勝手に発言したのを謝ろうとしたフィーナを「やめろ」とルディが止めた。
「頭を下げるな。顔を上げろ。
謝罪ばかりで話が進まん」
言われて下げた顔を上げると、眉をしかめたルディと目が合った。
頭を下げて、視線から逃げたい衝動を我慢しつつ「ですが――」と続ける。
「本来、下賎の私など殿下にまみえるはずもないのです。ですから――」
「カイルともそのように話すのか。
級友なのだろう?」
「カイル……殿下と……ですか?」
急に出てきたカイルの名に驚いた。
フィーナが答えるより前に、ルディが言葉を続ける。
「カイルと同じように話せばいい。
私はカイルの兄だ。
級友の兄にかしこまった態度は必要ないだろう?」
「カイル殿下と私はセクルト貴院生にございます。
セクルト貴院校の理念にのっとる学友同士でございます。
ルディ殿下はすでに卒業された御身。
カイル殿下と同じではありません」
引き下がらないフィーナに、ルディは苛立たしげに眉をひそめ、苦々しく告げた。
「――では命ずる。カイルと話すように話せ」
(な――っ!)
思いもしない命に、フィーナは驚愕した。
無礼な行為をとるなと叱責されるのはわかる。
だが「礼をとるな」「敬うな」と命じられるなど、意味がわからない。
わからないが、不機嫌なルディを見る限り、従わないと癇癪をおこしそうだ。
「普通に話せ」と言われ、その通りにしたところ「無礼だ」と叱られるのも困るので、フィーナは ルディの様子を伺いつつ、念を押す質問をした。
「――本当に、いいのですか?」
「いい」
「あとで文句言いません?」
「くどい」
少し砕けた口調を交えても不快な表情を浮かべなかったのを確認して、フィーナは小さく息をついたあと、覚悟を決めた。
どうあがいても王族の命には逆らえないのだ。
「――わかりました。ご命令に従います」
告げて、区切りを見せてからフィーナは少し砕けた口調で言葉を続けた。
「サンザシの実は、お酒のようなものだそうです」
少し敬語が混じっているが、そこはルディを年上の者とするからだ。
カイルと接する場を見られたことはなし、今後見られることもないだろう。
カイルの兄との接し方でと言われたので、フィーナはオリビアと接する気持ちを心がけた。