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猫と月の夜想曲~猫に転生した異世界転生者は脇役です~  作者: 高月 すい
第一章 魂の伴侶
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22.礼儀作法の指導員


 ザイルの言葉通り数日後、フィーナのセクルト貴院校入学が決まったとの通知が届いた。


 リオンとロアは、ザイルから前もって聞いていたので、特に驚きはなかったものの、二人とも「内心複雑」との表情を浮かべていた。


「まさか、娘二人ともセクルトに行くことになるとはな」


 フィーナの頭に手を置いて、リオンは嘆息する。


 アルフィードの時はひたすらセクルトでの生活を心配していた。


 貴族と共に庶民が過ごすのだ。


 さげすまれるのは目に見えていた。


 しかし当の生活が始まると、気苦労は取り越し苦労となった。


 オリビアと仲が良くなったことでアルフィードを不遇の立場としなかったことが大きかったが、それでも、オリビアと知り合ったのは、入学して一年後のこと。


 一年目も、気立てのいい面々と忌憚ない友人関係を築けていた。


 姉の前例があるので、強迫観念的な恐れはないが、心配なことに変わりない。


 フィーナは、よく言えば天真爛漫、物おじしない。


 悪く言えば、無頓着、礼儀をわきまえないところがある。


 貴族の方々と生活を共にする面に関して、基本的なマナーを心配していた両親にとって「指導員」の派遣はありがたくもあり、同時に「東屋での生活を強いるのは心苦しい」と思っていた。


 指導員は数か月ほど、フィーナの生活に付き添う。


 宮廷、若しくは役所から派遣されるので、数日に一度は自身の職場に戻るそうだ。


 指導員が誰かは事前に知らされていない。


 急な取り決めだったため、当日判明する運びとなったのだとザイルが教えてくれた。


 その日。フィーナは両親と共に緊張の朝を迎えた。


 国より特別に手配された馬車が、昼近くに到着すると言う。


 村では馬車は乗り合いが普通で、個人を運ぶものはそれだけで位が高いと知れる。


 そうした馬車が到着するのを、緊張でガチガチに強張る体で待っていた。


 日が空高い位置に上るころ、蹄の音と時折聞こえる馬のいななきで、馬車の存在を知った。


 家の前でとまった馬車を出迎えて、エルド家一同、固唾を飲んで見守る中。


 ゆっくりと開いた扉から出てきたのは、エルド家の長女、アルフィードだった。


 リオンもロアもフィーナも、アルフィードに驚きつつ、その後に指導員となる人が出てくるのでは、アルフィードは案内役だったのでは。


 と様子をうかがっていたが、変化はない。


 アルフィードも家族総出で出迎えられたことはそうそうないので「どうしたの」と驚きを隠せずにいた。


「アル……一人?」と、ロア。


「そうだけど」


 どうしてそんな事を聞くのかと、アルフィードは怪訝な表情を浮かべる。


「礼儀の指導員となる方は――」


 アルフィードが出てきた馬車の中を窺うリオン。


 アルフィードは目を瞬かせた。


「通達、来てない?

 指導員、私になったんだけど」


「「「え!?」」」


 リオンとロアとフィーナ、家族全員、アルフィードの言葉に顔を輝かせた。


 リオンとロアは「貴族様への気遣いが不要となった!」と喜び、フィーナは「お姉ちゃんならやりやすいー!」と喜色満面だ。


「そうだったの! 

 だったら、しばらく家でゆっくりできるわね!」


「馬車は疲れたろう。

 しばらく休みをもらえるんだから、ゆっくりしていけ」


「お姉ちゃんと一緒に過ごせるの、久しぶりだね!」


 三者三様に告げる家族を見て、アルフィードは深く息を吸うと「こほん」と咳ばらいをした。


 同時に目を閉じ、一歩後方へ退いたアルフィードの姿に、家族もこれまでと違う何かを感じて喜びの勢いを頭打ちした。


 口を閉ざした家族を確認して、アルフィードは姿勢を正した。


 そして右腕を下方に下げ伸ばし、静かに泰然と、優雅さを思わせる動きで、右手を左肩に添える所作をしながら、ゆっくりと上半身を屈しつつ両膝を屈して、礼をとった。


 足元はスカートに隠れて詳しく見えないが、屈した左足の少し後方に右足を下げ、踵をあげて爪先をトンと地につけて立つようだった。


 家族誰もが、知識では知っているが見たことはない、最上級の敬礼だった。


「私、アルフィード・エレナと申します。

 申し付けにより、貴女、フィーナ・エルド様に作法を指導致します。

 ふつつか者ゆえ、行き届かぬことがあるかと存じますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 アルフィードの行為に、喜びと安堵で浮かれていた面々が、しん、と動きと感情を止めた。


 アルフィードの所作は、家族と接していた中では目にしたことのないものだった。 


 実家に帰宅した時は気を緩めていたのか、意図して、貴族使用の所作を見せなかったのか。


 今となっては不明だが、洗練された動作は、少し体を動かしただけで人の目を引き付ける。


 アルフィードがまさにそれだった。


 姉の、娘の、目にしたことのない振る舞いに、これまで身近に接してきた家族も、目を、心を奪われた。


 見とれる家族に、礼を終えて体を起こしたアルフィードは息をつくと、フィーナにつと、目を向けた。


「先に言っておくけど。

 指導員として派遣されたのだから、相応の教育はしていくから」


 威圧感をもって微笑むアルフィードを、フィーナはこれまで目にしたことがない。


 姉の気迫にしり込みするフィーナの後方から、ザイルがひょいと顔をのぞかせる。


 指導員が誰なのかと覗いた先に、アルフィードがいるのを確認して「おや」と声をあげた。


「指導員はアルフィード嬢に決まりましたか」


「ザイル様。

 ご機嫌麗しく。御久し振りでございますね」


 貴族に習った礼をとるアルフィードに、ザイルは苦笑を浮かべた。


「私に礼をとる必要はありませんよ。

 オリビア様のもとを、私の思うところで出退しているのですから。

 それにあなたのご両親は私の雇い主でもあり師匠でもありますし」


 ザイルの言葉に、リオンとロアは「とんでもない」と首を横に振る。便宜上、雇う形式をとっているが、本当に建前でしかない。


 建前とは言いつつ、ザイルは仕事をてきぱきこなすので、リオンもロアも大いに助かっていた。


「いえ。

 ザイル様にはお世話になりましたから。

 今後とも、よろしくお願い申し上げます」


 アルフィードが宮仕えを始めた当初、偏見による嫌がらせを受けていた。


 対外的には気丈に振舞っていたものの、胸の内は重く沈んでいた。


 ザイルはオリビアが統率を受け持つ騎士団の一員で、オリビアの側仕えとして宮廷にいる関係で、アルフィードとも接点があった。


 ザイルのそれとない気遣いが、当時のアルフィードには大変ありがたいものだった。


「変わりもの」と周囲から評価されるザイルだったが、能力はオリビアの信頼を得るほどのものだった。


 そのザイルが突然「騎士団を脱退します」と喜色満面、爽やかな笑顔で告げられて、理由を「アルフィードの両親の元で薬学を学びたい」と滔々と熱弁されては、オリビアも「ま、まあ、いいんじゃない? 本人が望むのなら」と返答するしか術はなかった。


 ザイルの申し出はアルフィードも面喰らったが、結果として週に一度しか実家に帰れないアルフィードに代わって、ザイルがエルド家の状況を逐一知らせてくれた。(誘拐未遂はアルフィードには伏せている)


 ザイルから現状を聞きながら、アルフィードは「フィーナにも貴院校への話があるのでは」と懸念していた。


 自分と状況が似ていたのだ。


 懸念は現実となり、珍しい伴魂を取得した妹に、貴院校で学ぶよう、通達が届いた。


 民間人ながら貴院校で学んだ先達者として、アルフィードはフィーナに作法を教えようと思っていた。


 来年、セクルト貴院校に入学する民間人はフィーナの他にも数名存在する。


 昨年の不敬罪を問われかねない事件を踏まえて、来年度の新入生に作法指導員を付けて数カ月、つける決まりとなった。


 ……とは言うものの、指導員の成り手を捜すのは難しいだろうとアルフィードもオリビアも考えていた。


 指導員となりうるのは、貴族の家柄の人間だ。


 その方々が数カ月、市井での生活に耐えられるとは思えない。もし、フィーナの成り手が存在しなかったら、自分が指導員となってもいい。


 自分から「指導員になる」と手を上げると「身内に甘くなる」と言われかねないのを防ぎたかった。


「成り手がいないから」仕方なくなのだ。との状況を作りたかった。


 案の定、フィーナの指導の成り手探しを苦戦している中、オリビアは選考員の前で独り言としてアルフィードの存在と本人の「指導してもかまわない」との意思をつぶやいた。


 選考員は「苦肉の策」として、その案に便乗したのだ。


 そうした経緯を経て「人員不足」を理由に、身内だがアルフィードがフィーナの指導員となったのだ。


 ザイルに挨拶を終えたアルフィードは、昼食までは家族として過ごし、昼食を終えると「フィーナの指導員」として態度を改めた。


 それから。フィーナの苦行が始まったのである。




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