30.珍しい伴魂 7
姿を変じる伴魂が存在するとは知らなかった。子から成獣に姿を変えたのに驚いていた。
そんな伴魂が居るなんて。
そう考えながら同時に自分の行為を振り返って、フィーナは全身から冷や汗が吹きでる心地だった。
人の伴魂には許可なく触れてはいけないのが、暗黙の了解となっている。
一般人同士でもそうだというのに、王子の伴魂に食べ物を与え、腕に抱き、体を洗い――。
フィーナの行為はすぐさま斬り捨てられても仕方ないものだ。
意味もなく斬り捨てられないだろうとマサトは言ったが、不敬罪レベルのことをしてしまっている。
フィーナは青ざめていたが、ルディは別の事に意識が向いていた。
フィーナの名を聞いて「エルド?」とつぶやく。
「エルドとは――そなた、アルフィード・エルドの縁者か」
――フィーナの脳裏に、第一王子に対するアルフィードの忠告がよみがえった。
胃の奥が冷たくなるのを感じながら、肯定の返事を告げた。
「アルフィード・エルドは……私の姉になりま――ふぶ。」
途中で声は遮られた。
ルディに頭を下げていた視界に、急に茶色いものが入ってきたかと思うと、それが顔を塞いだのだ。
ぐるる、と、成獣の姿になったルディの伴魂が、頭を下げているフィーナの顔の下に頭部を入れて、伸びあがるように頭部を押し上げていた。
結果、伸びあがったライオンの頭部――鬣に顔がうずまり、伸びあがった前脚の勢いでフィーナは立ちあがってしまう。
「わぷ。ちょ――っ!」
鬣にうずまる感触に驚き、不意をうって体が持ち上げられ、体勢をうまくとれず、よろけてしまう。
どうにか踏みとどまって倒れずにすんだところで、はたとルディと目があった。
「も――っ! 申し訳――」
許しもなく立ちあがったのを謝罪し、膝まづこうとするが、すりよるライオンに邪魔されてしまう。
第一王子の伴魂を無下に押しのけられず、どうしようと戸惑っていると「――ハロルド」と声がかかった。
ルディの声にライオンは動きを止め、伺うように振り返る。
無言で首を横に振るルディを見て、ライオンは肩を落として大人しく主の傍らに戻った。
大型の獣にもみくちゃにされたフィーナは、ルディの伴魂、ハロルドから解放されると放心状態で地面に座り込んでいた。
人ほどの大きさのある獣と触れ合う機会などないので、どう対処すればいいのかわからない。
力加減がわからず、うまくかわせず、もみくちゃにされてしまった。
髪がボサついている。作業着はよろけてしまった。
そうした自身の状況に気付かないほど、座り込むフィーナは呆けている。
制御できない野生の獣の力を改めて思い知ったのだった。
「――ド……フィーナ・エルド」
「っ! はい!」
放心していたフィーナは、名を呼ばれて我に返った。
声の方を見ると、ルディがフィーナの様子を伺っていた。
「も――っ、申し訳ございま――!」
慌てて立ちあがろうとすると、足に力が入らずカクンと崩れるように座ってしまう。
フィーナの様子を見て、ルディが「無理をするな」と声をかけた。
「大丈夫です」とフィーナは立ちあがろうとしたのが、膝に力が入らず、結局座りこんだ体勢でルディと面する状況となった。
座り込むフィーナを見て、ルディはフィーナを見つめる自身の伴魂の背を、あやすように撫でた。
撫でて、驚きに小さく目を見張る。
手触りがごわつくのは、生まれつき剛毛だからと思っていたが、触れた体毛はしなやかで柔らかだ。鬣もやわらかく、体毛と体毛の間に空気を含んで、ふわり、さらりとした感触となっていた。
これまでと大きく異なる体毛を手で感じたルディは、反射的にフィーナに目を向けた。同時に機嫌のいい伴魂の感情が意識下に流れ込んできた。
伴魂の状態を確認しつつ、その背を何度か撫でたルディは、フィーナの名を再度呼んだ。
第一王子の名前、前回初登場です。
王子の伴魂もですね。




