27.珍しい伴魂 4
「あれ?」
マサトと同じように、泡を子ライオンにつけて洗おうとすると、泡がすぐに消えてしまう。
泡自体残っているのだが、へたれると言うか、何と言うか。
空気を含んだふわふわ感がない。
泡の追加を何度か繰り返して、どうにかいつもの洗い心地になった。
そうした段階で気付く。泡もたらいの水も茶色く濁っていると。
小綺麗だと思っていたが汚れていたようだ。
そう言えばと思い返す。
抱き上げた子ライオンは、べたついていたな、と。
ライオンはそのような生物だろうと思っていたが、皮脂汚れがひどかったようだ。
泡立ちが悪いのもその為か。
何度も固形物からの泡を追加して洗った。
たらいの水も二回交換した。
最初は濁っていた泡も、最後はマサトを洗う時と同じように、空気を含んだ泡となっていた。
最後の水をかけると、子ライオンは身震いして、体についた水滴を飛ばしていた。
タオル数枚を使って体を乾かすと、洗う前と洗った後の体毛の違いに驚かされる。
色は明るくなり、手触りのいい毛並みとなっていた。
匂いも洗いたてのマサトと同じ香りだ。
フィーナはすがすがしい心地で、子ライオンの体に鼻を寄せた。
もう大丈夫。
悪臭と言える獣臭は消えていた。
子ライオンも気持ちがいいらしく、サンザシの実がなくともくるくると喉奥を鳴らしている。
気持ちはいいらしいが、サンザシの実の催促は忘れていなかった。
先ほどと同じく、十粒ほどのサンザシの実を与えて、食べ終わるのを待っている時だった。
ふと感じた気配に顔を上げると、マサトが駆けてきたところだった。
『呼んだか――……ぁぁあああああっ!?』
子ライオンを見つけた当初、フィーナが意識下で呼んでいたのに気付いていたらしい。
返事が出来なかったのには理由があるようだが、そうした話になる前に、フィーナの姿、たらい桶、白い固形物、サンザシの実を頬張る子ライオンを見て、絶叫した。
『おま……っ! 石鹸……っ! サンザシ! つか、なんでコイツがこんなとこにいるんだよっ?!』
マサトとしてはツッコミどころ満載の目の前の状況に、支離滅裂な言葉が口からこぼれでる。
まともな話ができるようになったのは、ひとしきり叫び続けて、ゼーハーと息切れした頃だった。
叫び疲れて息切れしつつ、げんなりと項垂れている。
項垂れているのは疲れたからだけではなかった。
『……石鹸……サンザシ……』
と、瞳をうるませて名残惜しんでいる。
「まだ残ってるから」
ショックを受けているマサトに、悪いことをしたなと後ろめたい思いを感じつつ、フィーナがフォローする。
石鹸という白い固形物を勝手に使ったのは悪かったと反省し、謝った。
『高かったんだぞ、これ……』
子ライオンに使う前に比べて、三分の一ほど小さくなった固形物を見て、マサトはこぼした。
マサトの何気ない言葉に、フィーナは驚いた。
「高かった? 買ったの?」
伴魂が――と言うより、人以外の生物が人から物品を購入できるのかとたずねるフィーナに『……あ……いや……』とマサトは言葉を濁す。
『もらいもんだ。くれたヤツが結構な値がしたと言ってたんだ』
白い固形物はこの国では見たことのないものだ。
アブルードの頃にもらったものだろうと思うと、フィーナも申し訳なさを感じた。
「ごめんなさい」と謝るフィーナに、マサトは『石鹸……サンザシ……』とうわごとのように繰り返している。
サンザシの実はまだ残っているので、気落ちする理由がわからない。
マサト曰く『フィーナが持ってたサンザシはもうないんだろ』。
その通りなので、明後日の方を見て、気付かないふりをするしかない。
『伴魂にとって、主の魔力は糧の基本だ。
主が長く持っていればもっているだけ、魔力が籠って伴魂にとっては嗜好品となる。
伴魂によって好みがあるが、俺は最低、一日以上は身につけたものじゃないと魔力を感じないんだよ……』
そう言って、マサトは肩を落としてうなだれた。
フィーナも罪悪感を覚えてマサトに謝った後、子ライオンを見つけた経緯を話して、同意を得ようとした。
「目を離せなかった」のだと理解してほしかったのだ。
マサトは肩を落としてうなだれつつ、子ライオンに目を向けた。
『っていうか、なんでこいつがセクルトにいるんだ?』
「知ってるの?」
子ライオンを見ても驚かず、何かしら事情を知っている口調だ。
『知ってるも何も――』
言って、マサトは『――ん?』と子ライオンに目を向けた後、眉をひそめる。
『おまえ――』
マサトが子ライオンに何か話そうとした時だった。
「――動くな」
フィーナが右肩に冷たい剣の感触と、同じくらい冷たい声を耳にしたのは。