22.サリア宅、訪問 15
◇◇ ◇◇
「いかがでしたか?」
側近であるラウルから上衣を受け取りながら、ガブリエフ・スチュードは「ん?」と片眉を動かした。
ガブリエフより一回りほど年の若いラウルは、数年前から側近として仕えている。
主であるガブリエフの思想、理念を理解して、先どって細部まで指示を出す「かゆいところまで手が届く」仕事ぶりから重用していた。
ガブリエフは娘と、娘の寮の同室者であるフィーナ・エルド、そして彼女の伴魂と対面した来客室を退出して、足早に執務室へと向かう。
サリアとフィーナとの対面は、文字通り、過密スケジュールの合間をぬってのものだった。
急に決まった談話を、ラウルは「不必要」と考えていた。ラウルもサリアのセクルト進学をこころよく思っていない。
ガブリエフを尊敬するラウルとしては、サリアがつらい状況に置かれ、正当な評価を受けれないとわかりきっている場所に在籍して欲しくなかった。
そうした学び舎なので、同室者も、ラウルにとっては眉をひそめる存在だ。
サリアの不遇を知ると手助けをしたくなるので、これまでセクルトに関すること全て、あえて調べずにいた。
セクルトでのサリアへの助力行為は、間接的なものも含めてガブリエフにきつく禁じられていた。
ラウルの問いに、ガブリエフは足早に歩を進めながら、しばし考えて――。
「一言で言うなら、華々しい世間知らずだ」
と、フィーナを評価した。
「………………。
………………。
………………はい?」
想定外の返答に、ラウルは目をまたたかせた。
有能な側近の呆気にとられた様子を見て、ガブリエフは愉快げに口元を緩める。
「サリアの同室者はどのような者か、知らないか」
サリアへの助力を禁じたことで、ラウルがセクルトの情報を敢えて仕入れないようにしていたとガブリエフも勘付いている。
「サリアの同室者――フィーナ・エルド嬢は、ドルジェ村出身で、入試は首席。
便宜上、入学式の挨拶はカイル殿下が行ったが、スーリング祭には出席している。
伴魂は自国では他に生息確認されていないネコ。
姉はオリビア王女の側仕えである、アルフィード・エルド。
入学時の同伴者はザイル・ベルーニア。
姉を通じて入学前からオリビア王女と交流があり、スーリング祭、同クラスである関連からカイル殿下とも忌憚ない関係を築いている。
成績関連から校外学習の運営にも参加し、現在はサリアと寮を同室しながら、女子寮の寮長、サリアが副寮長として運営中である。
そして、先ごろ行われた中期定期試験では、カイル殿下をおさえて首位を獲得したそうだ」
「――ちょ……、ちょっと待ってください」
一度にもたらされた情報量に、ラウルは目を回した。
言っている内容がすんなり受け入れられるものばかりなら混乱しないのだが、そうでないものがいくつもあった。
「なぜ」「どうして」と聞きたい。
「なんですか、その方は……」
常識外、想定外のオンパレードに、何からツッコんでいいのか、ラウルもわからない。
ラウルの心情に同意しながら「深く考えるな。抜け出せなくなるぞ」とガブリエフは助言した。
「だから言っただろう。華々しい世間知らずだと。
常識にとらわれないから、思ったことを口にする。
貴族の常識から外れていても、世間一般の常識から外れていないから、言われた方も反論が難しい。その場で権力かざすと、自身の薄っぺらさを吹聴するものだからな。
そうした状況を、意図せず成り立たせる。
私にも意見したほどだ」
思い出して、面白そうに笑い声を漏らすガブリエフに、ラウルは顔を青くしていた。
「宰相様になんと恐ろしいことを――」
「ああ、それに関してもだが。私が宰相だと、最初は気付いていなかった」
そこは我慢できずに、ガブリエフは笑い声を上げる。
思い出したのは、宰相の名を聞いて、ガブリエフ・スチュードと答えて――。
そこでハッとして、ガブリエフに目を向け、絶望したように顔を強張らせ、顔色を無くし――。
両手で顔を覆ったかと思うと、そのまま天を仰いで制止した。
何事かと訝っていると、急に頭を下げて「申し訳ございませんっ!」と頭をさげ、非礼を詫びていた。