19.サリア宅、訪問 12
ガブリエフを見るフィーナは怒りを露わにしていた。
「サリアがまともな対応をとってもらえないのは、宰相様になられた経緯からなのでしょう?
なのに宰相様は、なぜ最初からサリアがまともな指導を望めないと受け入れておられるのですか。
実害を受けているのは宰相様でなく、サリアです。
理不尽な目にあっているサリアを、なぜ捨て置くのですか」
「え……と……フィーナ? 私はそうなるだろうとわかった上でセクルトに進学しているのよ? お父様も「やめた方がいい。理不尽な目にあう」と反対されたのに、私が押し切ってセクルトに進学したの。
お父様も捨て置いたわけではないわ」
「そこからおかしいのよ」
ガブリエフに向けていた眼差しをサリアに向けて、フィーナは告げる。
眉をひそめて不快を露わにするフィーナ、フィーナの話に戸惑うサリア。
――まともな指導を望めない。
その状況が当然だと信じて疑わないサリアが、サリアが置かれている状況が、経緯を端的ながら聞いた今でも、フィーナには理不尽に思えて仕方なかった。
「なぜブリジットが優遇されて、サリアが冷遇されるの。ブリジットが優遇されている状況を何も思わないわけではないけど、今はサリアに普通に、他の生徒と同じような指導を受けられるようになって欲しいだけなの。
――宰相様が、サリアが理不尽な対応をとられていると、セクルトに訴えられないのがなぜか、私にはわかりませんけど」
最後の方は、ガブリエフに非難の眼差しを向けながら、フィーナは告げる。
サリアは困惑するばかりだった。
これまでフィーナと行動を共にしてきて、彼女の、市井出身だからこその言動を見聞きしてきた。対面する面々が、思っていなかった角度からの切り口に、目を見張る光景を目にしてきた。
傍から見てきて、フィーナの考えに触れて、目の覚める思いを何度も経験してきた。
フィーナの、貴族籍の慣習や根底に根ざす思想にとらわれない言動を、サリアはほぼ掌握したと思っていたが――甘かった。
その切り口が自分に向けられて、当事者としての困惑がどれほどのものか、痛感した。
サリア自身、自分のこれまでの行動、考え方を間違っているとは思っていない。
しかし。
フィーナが口にする内容も間違っているとは思わない。
間違ってはいないが――理想論だと思う。
サリアが困惑しているのは、フィーナの言っていることが間違いでないと思いつつ、けれどどうにもできないのだと思いつつ――そうした状況を、フィーナに理解してもらえるよう、説得する自信がないことだった。
父に挑むような眼差しを向けるフィーナを制するべきだと頭ではわかっているが、どう説得すればいいのか、サリアにはわからない。
戸惑い、口ごもるサリアに対し、ガブリエフは自分に挑戦的な眼差しを向けるフィーナに、軽い驚きを覚えつつ――そうした後、愉快そうに口元を緩めた。
私利私欲のない、真っ当な意見を正面から耳にしたのは久しぶりだ。
そうした意見を述べる輩とのやり取りを楽しんでいた過去を思い出していたガブリエフが、フィーナに答えるより先に――。
マサトが――フィーナの白い伴魂が。
『落ち着けって。』
ため息混じりに白い尾を横に振るって、フィーナの額をビシリと叩いたのだった。
「いったっ!」
ガブリエフに意識を集中させていたところへ、まさかの自身の伴魂からの行為に、完全に不意をつかれたフィーナは、まともに受けてしまった。
額を抑えるフィーナを見て、マサトはもう一度、ため息をついた。
『フィーナの言いたいこともわかるけどさ。
そうできなかった理由も、あるんだろうよ』
「……できない理由?」
はたかれた額をさすりながら、フィーナはマサトの言葉を訝る。
難しいことをして欲しいとは言っていない。
ありきたりなこと――親であれば、主張して当然のことを訴えてほしいと言っただけだが――。
『フィーナの言うようにさ、そこのおっさんが娘が不当な扱いを受けたと訴えたとして。
サリアの状況はどうなると思う?』
問いはフィーナに向けられた。