18.サリア宅、訪問 11
セクルトへ通わなければならないだろうとの話があってから。
アルフィードからの指導があってから。
貴族籍の名前や役職の方々の名前を覚えさせられた。
その時にはすでに「宰相はガブリエフ・スチュード」だった。
フィーナの返事を受けて、ガブリエフは驚きを隠せない表情のまま、同時に得心した表情をのぞかせ、ちらりと娘に目を向けた。
フィーナとの温度差を感じるやり取りの理由をようやく理解できた。
サリアが口を開く気配がないのを確認して、ガブリエフはフィーナに顔を向ける。
「結果論としての話になるが、私はフォールズから宰相職を取り上げて現職についている。 経緯を話せば長くなるが――権力に固執する輩にはおもしろくないのだろう。
フォールズ体制の元、恩恵を受けていた親を持つ子も無論、セクルトに進学する。
クレア・キャンベルの件でわかるように、セクルトにもフォールズの手は及んでいる。貴院校でまともな対応は難しいだろうと思っていた」
「フォールズって……もしかしてブリジットの……?」
「ああ。前宰相はブリジットの父親だ」
つぶやくフィーナに言葉に、ガブリエフが頷く。
「取り上げたって……」
そのようなことが可能なのだろうか。
困惑しつつ、それが事実なら――事実なのだろうが――ブリジットの素行や周囲に関しても合点がいくものがいくつかあった。
自身を特別視し、他を自分より下に見る。ブリジットの周囲にも、彼女を取り立てる輩が目についていた。
父親が宰相に在籍していた時、そのような待遇だった名残なのだろう。
「誤解ないよう言うが、私が宰相職を欲したわけではない。
……権力を持ちつつ、自分の都合のいい時だけ振りかざして、小難しい局面になると、のらりくらりと動こうとしないのに、我慢できなくてな。
売り言葉に買い言葉で――現在に至っている」
「そんなやりとりで……譲れるものなのですか……?」
「……そういうわけではないが……」
ガブリエフも的を得た説明が出来ず、口をつぐんで眉を寄せて考え込む。
ガブリエフに代わってサリアが口を開いた。
「簡単に言うと、前宰相様が策を講じようとしないのに、お父様が「何もしないなら、自分がどうにかするから権限渡せ」――と啖呵をきられたの。
前宰相様も問題を打開できると思われてなかったから、条件を出して従ったわ。
その時の条件は、問題を解決できなければ、大臣職を辞するように。――とのことだった。
当時、お父様は財務大臣の職に就かれていたの。
派閥も権力も興味がない上、必要ないと思ったものは許可しなかったから、前宰相様にとって、お父様は扱いにくい――と言うより、邪魔だったのでしょうね。
お父様が失敗して、大臣職を辞して、再び宰相に戻る。財務大臣には、自分が御しやすい者を就任させる――。
そう考えていたようだけれど、思惑は外れて、お父様は問題を解決、陛下の信頼もさらに得る結果となったの。
――ただ……。
問題は解決したけれど、その方法が……。
陛下の賛同は得られたけれど、前宰相様だけでなく、他の貴族籍の方々も眉をひそめるものだったの」
前宰相派だけでなく、サリアに風当たりの強い貴族籍の面々がいるのは、そうした理由だった。
細部はわからないが、概要はおぼろげながら、フィーナにも理解できた。
その「問題」が何か気になるが、聞くと話が長くなるのだろう。
内容は後でサリアに聞こうと考えながら、フィーナは憤りを感じていた。
「結局、サリアがつらい目にあっているのは、宰相様のせいではありませんか」
「……え? フィーナ?」
事情を聞いて、フィーナも納得してくれるだろう――。
そう思っていたサリアだったが、完全に思惑が外れた。