16.サリア宅、訪問 9
「――はい」
「約束……?」
ガブリエフとサリア、二人の話に首をかしげるフィーナ。
「たいしたことではないの」
「成績が下がったら、即、退学。――だったはずだな?」
「お父様!」
サリアが明言を避けた内容を、ガブリエフがフィーナに告げる。
思いもしなかった内容に、フィーナは息をのんだ。
「本当なの……?」
かすれる声でたずねるフィーナに、サリアは苦い顔で小さくうなずいた。
「そんな……」
サリアの中期試験の結果はよくなかったと聞いている。
退学になるのかと考えるフィーナの思いに気付いたサリアが、緩く首を横に振った。
「すぐにではないわ。年ごとの成績で判断する――そういう約束でしたよね?」
確認する問いをしながら、なぜフィーナに約束の内容を話すのか――非難の眼差しをサリアはガブリエフに向けた。
ガブリエフは興味のない様子で、サリアの言葉に頷く。
「確かに、そう言ったか。
――私としては、今のセクルトに通っても意味がないと思っているが。
自分が望んで進んだ道だ。
成果を残せないのなら、早々に退所すべきだろう」
「――え……」
驚いたフィーナはサリアに目を向けた。
セクルト貴院校は、貴族籍の子女が通う学び舎だ。
入学試験を突破しなければ通うことができない。
貴族籍子女のたしなみとして――箔をつけるためにも、入学を望む者が多いと思っていた。
親が望んでも、子が気乗りしない。
そうした生徒を見たことはあったが、サリアとガブリエフのように、子が望んで親が渋る関係は、見たことがなかった。
「私もラナと同じよ。私が目指すものの為に、セクルトを卒業した実績があった方が都合がいいの」
「実績の為に、内容のない時間を費やすか」
「一人で学んでいては、偏りが出ます。浅くとも、広く、自分が興味がなかったことに触れる機会を得られるのは、貴重な体験だと思いますが。
それにセクルトで学んだ内容は、貴族籍の間では一般常識となります。
セクルトだからこそ、生徒に統率を任せる部分もあります。
中児校では行事の段取りは全て教員に指示されるままでした。
他では経験できない、有意義なものです」
「それもフィーナ嬢との関係があって、関われることだろう?
本来の成績なら、統率をとられる側で、中児校時代と何ら変わりなかっただろう」
「それは――」
サリアはそれ以上、何も言えず口ごもってしまう。
フィーナはサリアとガブリエフのやりとりを、呆然と見ていた。
サリアに関して、どこか他人事のガブリエフに違和感を覚えた。
対面した当初、セクルトでのサリアの様子を心配したガブリエフの言動が、うそぶいたものに感じた。
――このままだと、サリアは退学になってしまう……。
そう思って、焦ったフィーナは「あのっ!」と声を上げていた。
「サリアの成績は、私の手助けをして、時間をとられただけじゃないんです。
サリアの担任の先生も、教えてくれないってところもあるんです。
サリアの成績が良くなかったのは、サリアだけの責任ではありません。
せめて担任の先生がきちんと教えてくれれば――」
「フィーナ」
「――え?」
言葉半ばで、サリアに遮られた。
ガブリエフからサリアに目を向けると、厳しい表情で「それ以上、何も言うな」と言うように、無言で首を横に振る。
なぜ、サリアが遮るのか。
理解できず、戸惑っていると、ガブリエフが「担任?」とつぶやいた。
担任とは誰か。目で問うガブリエフ。
対して、サリアは無言で首を横に振って「言うな」と合図する。
双極の二人に挟まれたフィーナは、戸惑いつつサリアとガブリエフを交互に見た後、ガブリエフにサリアの担任の名を告げた。
――ガブリエフが娘の担任の名を知らないのに、胸の内にひっかかりを感じながら。
セクルトに入学して半年経っている。
なぜ娘の担任を知らないのか。
市井出身なら「聞いても誰かわからないから聞かない」もあり得る。実際、ラナの両親はそうだった。
フィーナの両親は「聞いてもわからないかもだが、アルフィードの担任と同じかも」との考えで聞いて、フィーナも伝えている。(残念ながら、ダードリアはアルフィードの担任になったことはなかった)
貴族籍ならば、名を聞けば誰かわかるだろう。
なのに、ガブリエフはサリアに「担任が誰なのか」さえ聞こうとしなかったのか。
懸念を抱きつつ、クレア・キャンベルの名を聞いたガブリエフは、あからさまに眉をひそめた。