12.サリア宅、訪問 5
「でも、学校ほどじゃないでしょ」
『お前な』
何気ない主のつぶやきを白い伴魂は聞き逃さず、呆れた吐息をついた。
『比べる対象が間違ってんだろ。かたや一個人。かたや国が設置した学び舎。
国が設えたものに一個人が敵うわけがないだろ』
「それはそうだけど……」
『数だけじゃない。書物もとんでもないもん、結構あるからな』
「え? そうなの? どうしてそういう本が、うちの書庫にあるの?」
『こっちが教えてほしいくらいだっての。
エルド家の御先祖様が、こつこつと集めてきた結果だろうがな。
他の国の書物も結構な数あるなんて、そうそうありえねーから。
俺もアブルードで探してたけど見つからなかった本、いくつかあって、読み漁ったんだ』
マサトはエルド家の書庫の特異さを語ったが、当の家系の一員であるフィーナ本人は、事の重大さに気付いていない。
貴重な本が多数あるのだと話しても「だから?」と価値の高さと希少性を理解していなかった。
『ザイルがエルド家で働きだした動機は、薬草の知識を学ぶためだってのは聞いてるな?』
頷くフィーナに、マサトは続けた。
『それも本当だが、エルド家の書物も、騎士やめてドルジェに住み込みで働く動機になってる。
初めて書庫に入ったザイル、歓喜の声を上げて武者震いしてたし。
王立図書館でも見たことのない、希少価値の高い書物が多数あれば、そりゃ騎士やめて、いつでも読める状況を選ぶさ。
フィーナ達両親の、薬草の知識に惚れ込んでるのも本当だけどさ』
「そうなの?」
マサトが『エルド家の書庫はすごい』と話しているのはフィーナにもわかる。
わかるが、幼いころから当たり前のように見てきて、蔵書数では学び舎に及ばない――上には上がいると理解している状況では、マサトの熱意はフィーナに届かなかった。
(そんなにすごいの?)
内心、首をかしげつつ、マサトの話を聞いて、ふと思い出したのは、小児校、中児校時代、書庫に足を運んでいた時のことだ。
書物の数では小児校、中児校、それぞれの学び舎の方が多い。
けれど、薬草に関してはエルド家の書庫にしかない書物が多数あった。
そうした薬草に関する本を読もうと、エルド家の書庫に足を運ぶと、ザイルとたびたび遭遇した。
あの頃は薬草の本を読んでいると思っていたが――もしかしたら、それ以外の本も読んでいたのかもしれない。
なにしろ、エルド家の蔵書は、リオンとロア、フィーナ達両親も把握できないほど、るつぼと化していた。
(おじいちゃんなら、把握してるかもしれないけど……)
現在、薬草散策の旅に出ている祖父を、フィーナは思う。
年の功か、個人の知識量が成せる業か。
祖父は薬草に関する書物が書棚のどこにあるかを記憶していた。
祖父が旅に出て数年。
フィーナが中児校時代、帰郷したのだがまた散策に出てしまった。
そうした思いにふけっていると、ガブリエフが小さくつぶやいた。
「ザイル……? ザイル・ベルーニアか?」
ガブリエフの声で、フィーナはハッとした。実家の書庫に馳せていた思考を現実に呼び戻す。
「はい」
「……なるほど」
フィーナの返答に、ガブリエフは興味深げな眼差しを向けた。
「ザイル・ベルーニアの教鞭もあったのか?」
『いや。ザイルは試験対策はしていない。もともと市井の問題が出ると思ってたし、それはザイルにはわからなかった。
フィーナは幼いころから数ある書物に触れてきた。
自分の気の赴くままだが、結構な量、読んでる。
知識を得たのも、そうしたところだ』
マサトの答えを聞いて、ガブリエフはフィーナに目を向けた。
フィーナは戸惑いつつ「薬草に関係すると思ったもの、気になったものは読んでいます」と答える。
「薬草に関係する書物で?」
訝しげなガブリエフに『まぁ、そう思うわな』とマサトがつぶやく。
少し考えたあと『なんか面白い薬草、事例出してくれ』とフィーナ告げる。
「面白い薬草……?」
この場でなぜ。と、思いつつ、ふと頭に浮かんだ物が口からこぼれ出ていた。
「あ……雪原草……」
「セツゲンソウ?」
くり返すガブリエフにフィーナは頷いた。