2.伴魂試験
きりのいい所まで書いているので、ひとつひとつの話は長めになります。
右隣を見ると、マーサが伴魂のリスと何やら話している。
左隣を見ると、ジークが伴魂のモモンガと何やら話をしている。
二人に挟まれて座るフィーナは、口を尖らせて、母が用意したお弁当を黙々と食べていた。
伴魂は契約を結んだ主と特別なつながりで、意思の疎通がとれる。
内容も言葉でなく、感情が意識下にするりと入ってくると聞いていた。
伴魂未取得のフィーナには、理解しがたいものだった。
「そういえば、フィーナの伴魂は?」
伴魂と話終えたマーサが、桃色の髪を揺らしてフィーナに目を向ける。
髪と同色の桃色の瞳が、期待に満ちている。
マーサの声に、左隣のジークが反応した。
「昨日だったんだろ?」
グレイの短髪のジークを恨みがましく見た後、フィーナはその頭部に軽い手刀を浴びせた。
「いって! 何すんだよ」
「内緒だって約束したのに」
「いいだろ、マーサだったら」
伴魂契約を試みる情報は、フィーナの父親がジークの父親に話していた。
それを小耳にはさんだジークに「誰にも言わないで」と約束したのに、マーサが好きなジークはぺろりと話してしまったのだろう。
いや、尋ねられる前に自ら進んでマーサに切り出したに違いない。
今のところ色恋沙汰に興味のないマーサは、フィーナにべったりだ。
フィーナのことを何でも知りたい節を覗かせている。
そんなマーサのご機嫌を取ろうとしたのだろう。
「私には……話したくなかったの?」
しゅんとするマーサに「そうじゃないよ」と慌てて言いながら、もう一度ジークを睨んだ。
「ちゃんと決まってから話したかったの。
今までも上手くいかなかったから」
あはは。と乾いた笑いを浮かべるフィーナを見て、マーサも察したようだった。
「また……駄目だったの?」
「うん……」
事実だが、改めて口にすると、しくりと胸の奥に鉛玉が出来たように重くなる。
「え。今度はリスだったんだろ?」
ジークの無神経な一言に、マーサは目を丸くして、フィーナは怒気をはらんでジークを睨みつけた。
「リス、嫌だったの?」
『フィーナとお揃いだったらいいな』
未だ伴魂を取得していないフィーナに、マーサが事あるごとに告げていた言葉だ。
三つの年巡りを迎えるころには大抵の人伴魂を得ている。
三つの年巡りを基準に、遅い早いの多少の誤差はあっても、小児校に通い始めるまでには誰しも伴魂を取得していた。
……フィーナという例外を除いて。
伴魂は親が子に準備する。
魔力をもった小動物を生きたまま捕獲して一週間ほど飼いならし、人への警戒心が薄れたところで伴魂の契約を試みる。
子が伴魂を気に入れば契約できるので、愛嬌のある小動物が伴魂となることが多かった。
伴魂とする小動物の中でも、リスは人気が高い。
愛らしいし、友人のマーサが伴魂としているのだからフィーナも気に入るだろう。
そんな両親の思惑ははずれ、三度目の伴魂契約もうまくいかなかった。
フィーナは二人にもう一度、伴魂を取得した状況を尋ねた。
「私の時?
この子見てかわいい、ずっと一緒にいたい、伴魂にしたい。って思ったらできたみたい。
後はよくわかんないけど、お父さんとお母さんに言われるまま紙に何か書いたかな?」
と、マーサ。
ジークも
「俺も。
こいつ気にいって、伴魂にしたいって思ってから、用意された紙に何か書いた」
と、同じような返事をした。
それらの答えから推測するに、伴魂としようとする生物を主が気に入らなければ契約は難しいのだろう。
(だったら)
焦りを感じるのは、そこだ。
(魔力を持って、私が気に入る動物――)
考えただけで絶望的だった。
生物は場所によって住み分けている。
古より土地に宿る魔力も、王族が住まいとする城を中心に波紋状に濃度に違いが生じている。
魔力の濃度に応じて、そこに住まう生物も異なっていた。
城から離れた村の周囲に住む生物は魔力を持つものと持たないものが生存する。
伴魂に成りえるのは魔力を持った生物である。
近辺では村近くの森に魔力を持った生物が多く、伴魂も主に森で捕獲していた。
「リスが嫌いで伴魂にしなかったんじゃないの。
……赤い目がね。
どうしてか、嫌だったの」
魔力は世界に存在する。
魔力を有する証しとして、体にその片鱗が現れる。
一般的なものは瞳の色。
魔力を持たない生物の瞳は黒く、魔力がある生物はそれ以外の色となる。
それは人間にも言えることで、黒の瞳の人間は皆無と言ってよかった。
フィーナの言葉にジークは呻いた。
「けどこの辺って赤い目ばかりじゃないか?
……それ以外って……難しいな……」
マーサとジーク、二人が「無理」ではなく「難しい」とするのにも理由がある。
フィーナの姉、アルフィードの伴魂は黄色の瞳だ。
二人はそれを見ていたので赤以外の瞳の色を有した伴魂が皆無でないと知っていた。
アルフィードにどこで捕えたのかと聞ければいいのだが、参考にならない。
曰く「飛んできて、いつの間にか伴魂になっていた」。
本来、親が子のために準備して親同席のもと伴魂契約を交わすのだが、アルフィードは森へ散歩に出かけた際、オレンジの色鮮やかな小鳥を連れて帰ってきた。
村の誰も見たことのない鳥だった。
側から離れないとアルフィードが言うので、調べたところ、伴魂となっていると判明した。
どのような経緯があったのかと逐一聞き出そうとしても、アルフィードは小首を傾げて
「飛んできたと思ったら、肩に止まって。
それから側から離れなくて」
と説明するだけだった。
姉のアルフィードが珍しい伴魂なのだから、妹のフィーナの伴魂も珍しい生物でもおかしくない。
……ただ。
「……ねぇ。
伴魂がいないと……試験、どうなるの?」
おずおずと切り出すマーサの言葉は、フィーナもジークも懸念していることだった。
「来週、だったっけ」と、ジーク。
小児校は国で定められた公的な学業の場だ。
五つの年巡りを迎えた子供から八つの年巡りの子供までが在籍し、一般的な教養を身につける。
無事卒業した暁には修了証として指輪が発行され、身分証明証としても使われていた。
専用の読取り機を使えば、在籍時の成績もわかる。
小児校では読み書き、計算、その他もろもろ、生活していく上で必要となる一般的な知識を学んでいた。
それらは仕事に就く際にも雇用側の判断材料となる。
国で定められた試験は年に数回ある。
理解度を確認する小テストは記録に残らないが、試験の結果は修了証に刻まれる。
年に一回実施される伴魂試験も、国試の一つだった。
試験の内容は簡単だと聞いている。
要は伴魂との関係が問題ないか、確かめるのだと。
……では。
伴魂を未取得の場合はどうなるのだろうか。
「お父さんは『大丈夫』って言ってたから。
『いないものに点数つけられないだろう』って」
マーサとジークに心配をかけたくなくて、フィーナは努めて明るく告げたつもりだったが……笑った声は乾いた色を帯びて、平気を装うのに失敗した。
三人が懸念する中、一週間後、伴魂試験が行われ、マーサとジークは無事、合格した。
そして伴魂未取得のフィーナはクラスの中で合否の発表はなく「保留」となり、後日、両親を交えて校長室での話し合いの場が設けられたのだった。