8.サリア宅、訪問
◇◇ ◇◇
サリアの家は、王都内にあった。
セクルト貴院校にも比較的近い場所だったが、それでも徒歩だと数時間かかってしまう。
休日、フィーナとマサトはサリアに案内されるまま、彼女の家に赴いた。
当日、貴院校の側には、スチュード家の馬車が用意されていた。
フィーナ達は四人乗りの馬車で、スチュード家に向かった。
衣服はサリアの父、ガブリエフ・スチュードに制服でと指定されている。
いつもの白いジャケットを準備したフィーナに、サリアが申し訳なさそうにガブリエフからの伝言を告げた。
「当初、支給されたジャケットでと言われてるの」
フィーナは戸惑った。
ダードリアに白いジャケットを支給された際、制服で行動する時はそれでと言われていたのだ。
フィーナの戸惑いに気付いたサリアが、苦笑して続ける。
「大丈夫よ。お父様も事情はご存じだから。白いジャケットを提案したのもお父様とのことだし」
「そうなの?」
初めて聞く話に、フィーナは目を瞬かせた。
それなら大丈夫だろうと思いつつ、念のため、サリア以外の人の目がある場所では、腕に抱いたマサトで胸ポケットが隠れるように注意していた。
マサトも協力してくれた。
馬車に揺られて、サリアの家に到着する。
貴族籍の家、現大臣の家と聞いていたから、広い邸宅だろうと想像していたが、実物も想像を裏切らないものだった。
(家のいくつ分だろう……)
ドルジェの家との違いを思いながら、近づくと見上げるほど高い邸宅を眺める。
庭も広く、手入れが行き届いていた。
案内されるまま、おそるおそる邸内に入ったフィーナだったが、思ったより緊張しなかった。
邸内は荘厳な印象を受けつつも華美な装飾はなく、値打ちがあるだろう装飾品も、ところどころに飾られている程度だった。
質素な印象を受けながらも、気品がある。
サリアの家らしいなと思えた。
サリアに連れられた来客室は、四人程度座れる丸テーブルが用意され、椅子も四脚備えてある。
入室して、サリアに言われるまま席に着いてしばらく。
サリアの父、ガブリエフ・スチュードが入室した。
「遅れて申し訳ない」
招待しながら出迎えもできなかったことを詫びる。
年は四十代後半だろうか。薄紺の短かめの髪、瞳は深い蒼。
全体的に武骨さを感じる体格は、一騎士団の長であるゼファーソンを思い起こさせた。
ガブリエフは文官の装いだった。胸元にあしらわれた、崩した文字の小さな刺繍が、彼の役職を現しているのだが、文字が崩されすぎて、フィーナには読みとれなかった。
厳格さは身にまとう雰囲気で感じ取れた。
気難しそうだと、フィーナは感じていた。
フィーナは椅子から立ち上がると、最上級の挨拶を送った。
ガブリエフはそれに簡易な挨拶で応じる。
身分差がある場合、上位者から下位者には簡単な挨拶か、軽く手を上げたり頷いたりで応じるようになっていた。
ガブリエフに促されて、フィーナは椅子に腰を下ろす。
ちょうどその時、扉がノックされて使用人が入室した。
お茶と茶菓子が配られると、使用人は退室した。
配膳されたお茶を見たガブリエフが、小さく目を見張る。
そしてサリアに目を向けた。
「これが例のものか」
ガブリエフはフィーナの薬茶を所望していた。
サリアからフィーナの薬茶の話を聞いていたガブリエフが興味を持ち、今日、持参して席で共に飲みたいと伝えていたのだ。
サリアの家についた際、使用人に茶葉を渡して、普通のお茶と同じようにいれてもらい、出してもらった。
カップに手を伸ばして口にしたガブリエフに続いて、サリアとフィーナも口をつけた。
今日は男性に好まれる、爽やかな薬茶を準備している。
机に向かう作業で頭が重だるい時に、思考をすっきりさせる作用があった。
「……なるほど」
ガブリエフは味わった後、わずかながら口元を緩める。
気にいってもらえたようだと、フィーナは胸をなでおろした。
サリアから「薬茶を飲んでみたいと言われた」と聞いた時は気が気でなかった。
貴族籍の、大臣ともなる方の口に合うのか、心配でならなかったのだ。
心配ごとの一つをクリアして安堵したフィーナに、ガブリエフが声をかけた。
「急な招待に応じて頂き、感謝する。
娘のサリアから話は聞いていた。
もっと早い段階で一度会っておきたいと思っていたのだが……なかなか都合がつかず、今となってしまった」




