4.前期定期試験の結果【サリアの成績 4】
前期試験が終了して結果が出てしまった現在。
サリアはどうなるのか、心配していた。
側にいたアレックスが、自身がセクルト貴院校に在籍していた時の記憶、騎士団に所属しながらも、セクルトは同じ敷地内、漏れ聞こえていた事象をカイルに告げた。
「基本、一年間はクラスが変わることはありません。
クラス落ちも進級時、同じクラスで持ち上がりでなかったときに話題となります」
「猶予は半年か」
一年の成績は、前期後期の定期試験を総合して判断される。
前期試験の結果は覆られないなら、後期試験で取り戻すしかない。
「担任の先生は変えられないの?」
フィーナの言葉に、カイルとアレックスは渋面で顔を見合わせた。
「……おそらく、無理だと思われます」
言いにくそうに、アレックスが口を開く。アレックスの言葉をカイルが継いだ。
「すでに半年過ぎてしまっている。担任を変えると、そのクラスの生徒全員が新しい担任に一から慣れなければならず、他のクラスと比べて不利な状態となる」
「でも、今のままじゃサリアが……」
「そのサリアが何も言わないんだ。担任を変える理由がない」
「そんな……」
「だいたい、なぜサリアは何も言わないんだ」
フィーナもカイルも、サリアの気持ちがわからなかった。
客観的に見ても、理不尽なことをされているというのに。
教本だけで学ぶのも可能だろうが、それなら教師は必要ないではないか。
なぜ「困っている」と声を上げないのか。
『余計なこと、すんなよ?』
顔を突き合わせて思慮をめぐらすフィーナとカイルに、マサトが割って入った。
声につられてフィーナとカイルはマサトに目を向ける。
マサトは後ろ足で耳のつけ根をカシカシと掻いて、口を開いた。
『勝手に盛り上がってるみたいだけど、当のサリアから何も聞いてないんだろ?
だったら、サリアが言いだすまで待った方がいい』
「でも――」
『自分が明かしてないのに成績のこと言われたら、サリアの自尊心、傷つけかねないぞ?
言わないのは「言えない」場合だけじゃない。
「言いたくなかった」って時の方が多いんだ』
マサトの言葉にフィーナとカイルは何も言えず、口をつぐんだ。
その可能性は二人とも考えていたが「どうにか現状を打破したい」思いが先走りして、サリアの気持ちを置き去りにするところだった。
『王族の一声。……も、ナシだかんな』
「――。……わかっている」
カイルがサリアの担任に関して、何かしらの苦言を呈して、担任を外す手段を講じないように、マサトが先手を取って口にする。
頷かざるをえない状況になって、カイルは手段の一つを封じられた。
フィーナとカイルの話は、そこで一端の区切りとなった。
マサトと連れだって女子寮に戻ったフィーナは、それからずっとサリアの様子を伺っていた。
サリアは普段と変わりなく過ごしていた。
試験結果を聞いた今でも、カイルの話は本当なのか、勘違い、聞き違いだったのではと思うほど、いつもと変わりなかった。
……普段と違ったのは、フィーナの方だった。
「どうしたの?」
自分をじっと観察するフィーナに、根負けしたサリアが声をかけた。
食事を終え、入浴も済ませ、就寝までの自由時間を過ごす時間帯だった。
貴院校の授業を終え、寮に戻ってかのらフィーナは、あからさまにサリアを見続けていた。
こっそり様子を伺うのではなく、細事を見逃さないように、サリアも気付く視線を向けていた。
じっと見つめるフィーナに、サリアは何度か「なにか?」と尋ねたのだが、フィーナは首を横に振るだけで答えようとしない。
いっときのことだろうと、深く追求しなかったサリアだったが――自由時間になるまで、フィーナの行為は続いた。
フィーナの行為を目にした女生徒が、ひそひそと耳打ちし合うほどに、その行為は顕著だった。
たずねたサリアに、フィーナは首を横に振って「何でもない」と答えたのだが、今度はサリアが引き下がらなかった。
「何でもないじゃないでしょ。言いたいことがあるなら言って。
じっと見るだけで何も言わない。
そんな態度とられる方が、気持ち悪いわよ」
「――いいの?」
『フィー――っ!』
マサトが告げるより、フィーナの行動の方が早かった。
マサトを抱き上げると、フィーナの個室ベッドに放り投げて、扉を閉めて隔離する。
ネコ特有の軽い身のこなしで、ベッドの上に着地成功したのまでは見届けた。
扉の向こうから『開けろ!』と声が上がっているが、無視して鍵をかけた。
フィーナと彼女の伴魂のやり取りに、サリアは目を丸くしていたが――マサトを締めだしたフィーナの表情の硬さに気付いて、自然と引き締まる思いにかられていた。
「前期試験の結果。どうだったの?」
前置きもなく核心をつくフィーナに、サリアは目を見開いて息をのんだ。
真っすぐに見つめてくる同室者を、サリアは見つめ返しつつ、表情の揺れを見つめ、今日の朝から寮に戻ってくるまでの状況に思慮を巡らせる。
「なぜ知っているのか」「誰から聞いたのか」
――そうたずねることなく、サリアは行きついた答えに、小さく息をついた。
「――聞いたのね」
サリアの言葉に、フィーナは顔をゆがめた。
「どうして――」
話してくれなかったのか。
相談してくれなかったのか。
様々な思いが胸の内でない交ぜとなって渦を巻く。
それ以上、言葉にできなくて、フィーナは俯いて唇を噛みしめた。
(――話してくれなかったのは、私が頼りないから)
それが答えだろうと思えたからだ。
申し訳ない気持ちと、自分のふがいなさに腹立たしさをフィーナは感じていた。
フィーナの様子に、サリアは苦笑した。
俯くフィーナの腕にそっと手を添えて「気にしないで」と声をかける。
サリアの声に顔を上げたフィーナは、口をへの字に曲げて、眉間に皺を寄せている。
今にも泣き出しそうな顔で「「気にしないで」じゃないでしょ?」と言いたげであるのはサリアも感じた。
――言えないのは、今、口を開くと泣き出しそうだったから。
それはサリアもわかっていた。
「ちょうどよかったと――言うべきなのかしらね。
私からも話があったの」
言いながら、フィーナの個室に足を向けて、閉ざされた扉の鍵をあけて、扉をひらく。
それまで『開けろ~』『出せ~』と声を上げながら、扉にカリカリと爪をたてていたマサトを開放して、リビングに招く。
マサトはサリアを見て――取りみだした様子がないことに怪訝な表情をのぞかせていた。
フィーナとマサトは、サリアに言われるまま、リビングに腰を下ろした。
対面で座るフィーナとサリアの間、少し離れた机の上に、マサトが座っている。
サリアはおもむろに口を開いた。
「フィーナとマサトに、お願いがあるの」
今回はちょっと長めです。
二つに分けると、二つとも短くなるか、後半が短くなるので。
(2019.11.27.pm17:50追記)
ちなみに。
実家の家猫。時々脱走する子は、戻ってきて家に入れてほしい時に、ドアをカリカリ掻いて「入れて~」とアピールします。(笑)
マサトの扉カリカリも、そういうイメージです。




