58.国交とフィーナの立場 14
――ふわりと。
フィーナの傍らに、生じた気配があった。
全体が淡い水色を思わせる存在で、腰まで届く豊かな髪、清楚で美しい女性――。
宙に浮いている気配、半透明の姿から、彼女が人でないと感じていた。
魔法を使う時、フィーナはそうした存在を、時折感じていた。
書物で目にする精霊の類だと、フィーナは思っていた。
――おもしろそう
――手伝ってあげる
緩やかに微笑む女性に、胸の内で助力をお願いして、生じさせた水球全てを一気に空へ向けて上昇させた。
そうした後、もう一つ、魔法を口にする。
「散!」
水球が、一気に霧散し、鍛練場上空に細かな水粒が広がった。
細かな無数の水滴となって上空を、その場に居合わせた者たちが見上げていた。
フィーナは霧状に広がった水滴を見上げていたが――。
願った事象には至らず、フィーナは落胆していた。
日の当たり具合によっては、弧を描く七色の色彩が見えたりもしたのだが、それはフィーナが望むものではなかった。
傍らに生じた精霊と思しき女性は、もう存在も確認できない。
フィーナの魔法に、リーサスはただただ驚いていた。
リーサスだけではない。
マサト、ザイル以外、フィーナの魔法の規模に驚いて声を失っていた。
水宴は片手サイズの水球を一つ出現させる、水系列の初歩的な魔法だ。
フィーナが成した魔法は、概念を破るものである。水球は通常より小ぶりではあったが、数を考えると「小さいから成せたのだろう」と言えるものでもなかった。
だいたい、水宴で無数の水球を出現させようとすること自体、普通考え付かない。
フィーナは思った作用が得られず、落胆しているようだったが、他の面々からすれば、それ自体、理解しがたいことだった。
呆然とするリーサスに、側に来たザイルがぽつりとつぶやいた。
「あれでも、フィーナの魔力総量はお前より少ないんだ」
いつの間にか側に来ていた長兄に、驚いた末弟がびくりと身を震わした。
警戒と緊張で身を強張らせながら、長兄が告げた言葉に眉をひそめる。
あれほど大規模な魔法を成したのに?
「――私より、魔力が少ない、の、ですか?」
訝しげなリーサスに、ザイルはフィーナに視線を向けたまま、頷いた。
フィーナの足元にいたマサトが、軽い身のこなしで主の肩に登っている。
交わしている言葉は、こちらまでは聞こえてこない。
「呪文で成せるのに、敢えて前詞を唱えただろう?
魔法にはいくつかの段階がある。
初歩として前詞を唱えて呪文で成す。
慣れて、呪文だけで成す。その魔法を理解していれば、呪文だけの方が、魔力を消費せずに済む。――理解が浅ければ、負担が増すがな。
そうした段階を経た者が精神を集中させて、心を込めた、丁寧な前詞を奉じると、自身の魔力消費を最小限に、伴魂の媒介を経て、時には気まぐれな神々や精霊の助力を経て、魔法を成せる。
――誰が教えたわけでもないが、フィーナはそれを理解している。
そこに到達するまでに相応の鍛練をこなしているがな」
ザイルの言葉を聞いて――リーサスはフィーナに目を向けた。
リーサスはこれまで、魔法は当人の魔力量が全てだと思っていた。
鍛錬によって、いくらか向上がはかれるだろうが、生まれ持った魔力差は覆せないと。
――非凡な長兄と次兄に平凡な自分は、どう頑張ったところで敵わないと。
しかし、年下のフィーナは秀出た魔法を実演させて見せた。
しかも魔力総量は自分の方が大きいと聞いて、驚くと同時に――自分の可能性に光を見出していた。
希望を見出して――前向きな気持ちになって。
そうした所でふと、リーサスは長兄を伺い見た。
他人にも自分にも厳しい長兄が、あれほどなじった末弟に助言している――。
遠目にフィーナに目を向けながら、そわそわしているような、心、ここにあらずの様子が不思議だった。




