57.国交とフィーナの立場 13
意識下で呼び寄せると、モモンガはすぐさまリーサスに駆け寄って、肩まで登った。
主を心配する伴魂を観察すると――確かにフィーナの言うように、無理を強いた疲れが見受けられた。
伴魂は魂の伴侶だ。伴魂に必要のない負担を強いるのは、リーサスとしても本意ではなかった。
フィーナに指摘されるまで伴魂の状態に気付かなかったこと、これまでの経緯もあって、リーサスはバツの悪い思いを抱えながらも、反論する理由もなかったので、頷いて了承した。
それを見たフィーナは、安堵に頬を緩めたのだった。
そうした経緯の後。
フィーナとリーサス、ザイルとマサトのやり取りで、当初、考えていた段取りがうやむやとなったが、マサトはフィーナに当初の魔法を所望した。
ザイルとしては、フィーナが魔法を使用した状況を見せることで、リーサス、並びにフィーナの魔法を知らない面々に周知しようとしていた。
結果として、呪文のみで水宴を成し、その上、ザイルに一杯食わせたフィーナの行動は、リーサスも一目置くものだ。
ザイルとしてはすでに目的を果たしている。
……が。
『見たくねーの? フィーナが試そうとしたこと』
意地悪くほくそ笑むマサトに、ザイルは即答する。
「見たいですよ」
マサトが敢えて望むのだから、通常と異なる珍しいものなのだろう。
ザイルも、フィーナが試そうとする魔法の概要は聞いていたが、どうもピンとこなかった。
当初の予定と異なったものの、呪文で水宴を成したフィーナは、ザイルの目的である「フィーナの能力披露」を終えたと思っていた。
しかしマサトとザイルに請われて、仕方なく、事前に告げていた魔法を試みることとなったのである。
「誰かさんたちのせいで、疲れたんだけど……」
『そう言うなって。フィーナが試そうとしてたこと、他ではなかなかできないだろ?
ドルジェ近くの森も、こんなに広くないし』
確かに。
騎士団の屋外鍛練場となっている平地は、ドルジェの森の鍛練場より数倍広い面積を有している。
手入れも行き届いていて、茂る草はくるぶしより低い高さとなっていた。
マサトの言葉を受けて、フィーナも思い直した。
マサトの言うとおり、周囲を気にすることなく、広範囲の魔法を使用できる場所は、そうそうない。
フィーナは魔法を試そうと平原の中央に向かって歩み出た。
コテージから十数メートル、ザイル達から十メートルほど距離を置く。
マサトは伴魂として、フィーナの足元に控えていた。
フィーナは改めて周囲を見渡し、空を仰いで地形を確認した。
そうして地形を脳裏に刻んで、深い呼吸を繰り返し、気持ちと体内を巡る魔力を静やかな物へと調整する。
静かに目を閉じて、深い呼吸を続けつつ、胸元で両手の指同士を合わせた山なりの形を手で造った。
意識は、暗く静やかな状態へ落ちていく。
意識が澄んでいくのをフィーナは感じていた。
――ピチョン
暗い洞窟の中。凪いだ水面に天井からの一滴が落ちて、波紋が広がる。
そうした意識の中、フィーナは静かに口を開いていた。
「全ての母にして全能なる水の女神、アクアリューネよ。その恵みを我が御手に――」
前詞を静かにつぶやいて、目を開ける。
そうしながら、合わせてた両の手を、左右に開いて両腕を広げた。
両手と顔で空を仰ぐ。
意識を、鍛練場広域に向けて、同時に水球を思い浮かべた。
「――水宴」
フィーナの呪文で、鍛練場内に無数の水球が出現した。
親指と人差し指で造った輪ほどの大きさの水球だったが、その数、ざっと見ても数百に及ぶ。
並びは不規則ながら、上は数メートル上空、下はフィーナの背丈ほどの高さで、水球が生じていた。




