54.国交とフィーナの立場 10
持ち手を守る鍔があり、本来、持ち手への攻撃は困難なのだが、ザイルはそれを成し遂げた。
「ッつっ!」
痛みで、リーサスは剣を落とした。
そのリーサスの腹部を、ザイルは蹴りつける。
防ぐことができなかったリーサスは、苦悶の呻きを漏らした。
それでも、ぐっと我慢して倒れないよう持ちこたえたところに、ザイルがリーサスの頭部を――髪を掴んで、地面に打ち付けた。
ガッ、……と、鈍い音が響く。
リーサスは現状を理解できないまま、長兄の成すがままとなっている。
周囲も、ザイルの意図するところを理解できず、ただただ、現状を見ていることしかできなかった。
「武芸に励んでいたいから魔法が苦手だ……?
よく言えたものだ。
だったら、騎士としての必須、硬盾は簡単に成し得ておかしくないはずだろう?
硬盾は、騎士は呪文で成すべきとされている。
お前は前詞なしではできないのだろう?
フィーナは呪文で成せると言うのに。
硬盾が簡単に出来ないのなら、それはお前の鍛錬不足、怠慢だ。
必須である硬盾でさえ、そのような状態なのだから、他の魔法など余計に鍛練などしていないのだろう?
そうした状況で、魔法が苦手だ、年下の者から助言は受けたくないなど……それこそ何さまのつもりだ。
自分の怠慢を棚に上げて、助言をくれる者の声も聞かず、排除しようなど……奢っているのはお前の方だ」
リーサスの頭部を地に押しつけたまま、ザイルは告げる。
そうしたまま、コテージのデッキへと顔を向けた。
「ディルク!」
名を呼ばれた次兄が、顔と体を強張らせる。
「野放しにして、何をしていた?
弟の教育がなってないのは、お前の怠慢だ」
ザイルの言葉に、ディルクは両の拳を握りしめ、口元を引き締めた。
ディルクはザイルから、剣術と魔法の鍛練を受けていた。
厳しくつらいものだったので、自身が受けた苦行を、弟であるリーサスには強いたくなかった。
厳しくせずとも、リーサスは優秀な成績をおさめていたので、それでいいとディルクも思っていたのだが――。
ザイルとリーサスの実力の差をまざまざと見せつけられ、ディルクは自分の考えの甘さを痛感していた。
ザイルから手ほどきを受けていたらしいフィーナの、状況を瞬時に理解して、有効な対応をとった経過を見た後なので、リーサスの対応のまずさがより浮き彫りとなる。
おまけにリーサスは騎士、フィーナは学生である。
年齢、二人の職業が、よりリーサスとフィーナの能力の差を際立たせていた。
「ちょ――ちょっとザイル……」
自身が「合格」となって安心したところへ、リーサスを打ちすえる状況を目の前で見せつけられたフィーナは、生々しい状況に戸惑い、青ざめていた。
「そんなこと、やめて」と告げようとしたフィーナの肩口に、マサトがするりと乗って『やめとけ』とフィーナを諌めた。
『兄弟間の教育的指導だ。余所者が口出すことじゃねーよ』
「でも……」
『仕方ねーよ。いつか誰かガツンと言わなきゃならないことだったからな。
ディルクが指導しとけば、こうまでならなかったんだろうが。
優しさと事無かれ主義とは別物だ』
「でも私がリーサス様に言ったから……」
『それを聞き入れない度量の狭量はリーサスの罪だ』
「えと、あのね。違うの。私が言いたかったのは……。
――っ! ザイルやめて!」
落とした剣を拾おうと、手を伸ばしたリーサスの腕を、ザイルが踏みつけ、剣を蹴って遠くに退ける。
踏みつけようとするザイルに気付いたフィーナが、叫んで止めようとしたが、ザイルは聞き耳を持たなかった。
ザイルの教育的指導です。
……厳しいですが……。