52.国交とフィーナの立場 8
次兄のディルクも、剣を媒体に用いる強力な魔法を習得し、様々な部門から一目置かれている存在だった。
なのに自分は――。
セクルトでも騎士を育てる学び舎で好成績を残したものの、兄達二人に並ぶ特出した何かを持ち合わせていない。
気にしていない風体を対外的に見せていたが、劣等感は、胸の奥底に抱き続けていた。
他人に触れさせないことで保っていた矜持に、フィーナは踏み込んでくる。
そこに「関わるな」と言っているのに、関わってくる。
それがリーサスには我慢ならなかった。
そうした思いの元、反射的にフィーナに告げたのだが。
言葉はそれ以上、リーサスの口から出ることはなかった。
――と言うのも、ザイルが、リーサスが叫んだと同時に利き手である右手で、その口を激しい力でふさいだのだ。
リーサスとフィーナ。
二人のやり取りに水を差す形で、ザイルが介入した。
リーサスとフィーナ、驚いた二人がザイルに目を向ける。
そうした視線を理解しながら、ザイルはリーサスと向き合っていた。
驚いて目を丸くするフィーナ、同じく、自身に起きた事象に驚いてリーサスは目を見張っている。口はザイルに塞がれているので、言葉を発することもできずにいた。
驚いた表情の末弟を見て、ザイルは暗い笑みを浮かべていた。
「自分の怠慢を棚に上げて……的を射た助言を自ら排除する……?
奢っているのはどちらか、それすらもわからないのか?」
「……え……?」
「待っ……っ!」
自身がおかれた状況を理解しきれないリーサスに、ザイルが何をしようとしているのか、次兄のディルクがザイルの怒りを察して、慌てて長兄を止めようと声を上げた。
しかしディルクの声は間に合わず、ザイルは口元を掴んだ末弟を打ち捨てるように放り投げる。
リーサスも青年と呼ばれる年頃で、体躯も成人男性ほどの物量を有しているのだが、ザイルは人を人とも思わない所作をとった。
ザイルがリーサスを簡単に投げ捨てる。
油断はあったが――それを差し引いても、人を簡単に放り投げる筋力を、ザイルは有していた。
投げ捨てられ、リーサスは地に座り込む。
今現在、置かれた状況を理解できず、途方にくれて長兄を見上げた。
戸惑いを滲ませて見上げる末弟を、長兄は侮蔑を含んだ眼差しで見下ろした。
「魔法が苦手だから、武芸の鍛錬に尽力していた――。そう、言っていたな?」
「……え……?」
リーサスは未だ、ザイルの心境を理解できず、戸惑っている。
座り込んだままのリーサスにザイルは眉を寄せて「いつまで座っている。さっさと立て」と吐き捨てた。
リーサスは言われるまま、慌てて立ちあがったが、長兄の行為に困惑したままだ。
リーサスと同じく、フィーナも戸惑っていたが――ドルジェで数年、ザイルと接してきた経験から、ザイルが猛った怒りを抱いているのは感じていた。
(めちゃくちゃ怒ってる……)
機嫌が悪い時は幾度か目にしていたが、これほど怒っているザイルを見るのは初めてだ。
フィーナがこの場から離れたい思いにかられたところで「――フィーナ」とザイルに名を呼ばれて、びくりと体がすくんでしまった。
「は、はいっ!」
「硬盾は使えますか?」
「え?」
『この前、習ってたな』
「え? え? ええ??」
尋ねたザイルに驚き、答えたマサトに驚くフィーナ。質問の意図を理解できず、ザイルとマサトにきょときょとと視線を向ける。
「そうですか。では――防いでください。
――リーサス。お前もな」
「な、何を――」
「兄上?」
フィーナとリーサスがそれぞれ、疑問を口にしたが、ザイルはそれらに答えることなく、構わず行動に移していた。