44.アルフィードの懸念【戒めの輪 6】
鼻息荒い朱色の羽を抱く伴魂と、その伴魂の主でありながら、自身の伴魂に戸惑いをにじませるアルフィード。
一人と一伴魂のやりとりを見ていたマサトが、ため息を一つついて、おもむろに口を開いた。
『あのさぁ。フィーナの姉ちゃんは、他にすべきことがあるんじゃね?』
「――すべきこと?」
声をかけられたアルフィードが、マサトに目を向ける。
そのアルフィードにマサトは頷いた。
『王女様の側仕えなんだろ? で、まだ見習いなんだろ? 魔法の訓練とかするまえに、側仕えとして一人前になる方が先なんじゃね?
王女様の護衛はさ、騎士の面々がいるんだし。
オーロッドの件があったばかりだから、力が欲しいって思っちゃうんだろうけどさ。
そこは考え方、違うんじゃねーかな?
武力――王女様を物理的なり魔法的なり、そうした力から護るのは騎士の奴が頑張る。
だけど、王女様の側で――俺たちや騎士の面々が入り込めない女性だけの世界、もしくは王族絡みの場所についていけるのは、姉ちゃんだけだろ。
そうした時に役に立てるような素養なり作法なり処世術なり。
身につけるほうを頑張った方がいいんじゃね?
――それだったら、反論はねーだろ?』
最後の一言は、アルフィードの伴魂に向けて、マサトは告げる。
言われたアルフィードの伴魂も「それなら構わない」と納得したようだった。
アルフィードの武力や魔力が高まることを危惧すると同時に、泥臭い、血なまぐさい事象につながる事に、関わらせたくないようだった。
マサトの言葉を聞いて――アルフィードは視線を落として考えた。
――考えても、答えは変わらないのだが。
「そうするのが、無難よね」
自嘲気味に薄く微笑むアルフィードに、マサトが眉をひそめた。
『――無難?』
「同じようなことを、言われたことがあるの。
自分の立ち位置を考えろって。
護衛として側にいたいのか、側仕えとして側に居たいのか――。
護衛としてだなんて、騎士団の方々に、身体能力的に遠く及ばないもの。
それは無理だってわかってる。
……だったら。
私の在り方なんて、決まったようなものじゃない」
皮肉げに告げるアルフィードに、マサトは軽く目を見張った。
――武芸の鍛錬は自分には無理だから、側仕えとして――使用人としてオリビアの側にあろう。
そう言わんとするアルフィードの想いに気付いたのだ。
アルフィードの考えに気付くと、マサトはぎり、と歯がみして――気付いた時には口を開いていた。
『おっまえ、馬鹿?
王女様の側仕えなんて、簡単になれるもんじゃないだろ?
だいたい、一庶民の姉ちゃんが王女様の顔を見るとこさえ、普通できないことなんだ。
それなのに、会って、話して、王女様の信頼を得て、気に入られて。
何でそれが簡単なことみたいに思えるんだ?
同じような状況になったって、王女様の信頼を得られるのも気に入られるのも、そうそうないんだからな。
気に入られたのは――信頼を得られたのは、目の前にいる人間に、誠実に答える姉ちゃんの気質を好まれたからだろ?
二心なく、意図せず、普通にそれがこなせるやつが、どれほどいると思ってんだ。
そうそういないぜ、そんな人間。
自分を卑下するときはな、自分を好んでくれるやつ、信頼してくれるやつも卑下することになるって覚えとけ』
全身の毛を逆立てて告げるマサトに、アルフィードだけでなく、彼女の伴魂も気圧された。
まさか、フィーナの伴魂に説教を受けると思っていなかったアルフィードだったが――向けられた言葉は、耳が痛く、胸に突き刺さった。
「――ごめんなさい……」
素直に謝れるほど、マサトの言葉は胸に迫るものだった。
――オーロッドの襲撃を受けた時。
役に立てなかった自分を歯がゆく思った。
せめて、力があれば。
そう思っていたところへの、フィーナの伴魂が、カイルや彼の護衛騎士を鍛錬する場を目にして。
だったら、自分も。
自分も力があれば、オリビアの役に立てるのでは。
……そう。
これまで、考えたことのなかった武芸の能力を高める面を、考えてしまった。
浅はかだった。
すべきことは――成すべきことは、目の前にあったというのに。
アルフィードの謝罪を聞いて――彼女の伴魂も、大人しくなっているのを見て、マサトは平静さを取り戻すと、小さく息をついて『悪い。言いすぎた』とつぶやいた。
『だけどな。王女様が姉ちゃんを取り立てる気持ちは、わかってやってくれよ』
「――そうね。
……私も。リヴィは大事だから。
他の人には出来ない――私に出来ることで、リヴィをまもるわ」
『そうしてくれ』
アルフィードとマサトは、互いに苦笑した。
それを見たアルフィードも伴魂も、満足げに羽を広げて「くっるっくー♪」と鳴いている。
そうした面々の中。
「お話し終わった?」
一人、蚊帳の外にいたフィーナが、あっけらかんとした表情を覗かせた後、にへら。と笑った。
「ねぇねぇ。どんなお話し、してたの?」
アルフィードの伴魂の声が聞こえないフィーナには、マサトとアルフィード、アルフィードの伴魂が絡んだ会話になった当初から、会話に取り残されていた。
カイルとカイルの伴魂、マサトのやり取りを経験しているフィーナは、話が一段落してから聞いた方がいいと学んでいた。
そうした経験から、深刻な話も、我関せずの風体だったので、話し終えたマサト達にけろりとした表情で尋ねたのだ。
そのフィーナに毒気を抜かれた面々は、苦笑交じりに事の経緯を説明したのだった。