17.戒めの輪【装着編】
アルフィードが戒めの道具を購入した次の休息日。
前回、家に戻った休息日同様、オリビアと共に彼女所有の馬車に、アルフィードは揺られていた。
「こんなに度々、軽々しく市井に訪れてもいいのか、いいのか?
いや、本当はよくないはず」
そう思いながらもオリビアの「早くフィーナに届けたいんでしょ? 私が同行するなら馬車が使えるから早いわよ?」との「うふふ、あはは」的なオリビアの心の笑い声を感じつつ、アルフィードは誘惑に負けて馬車に揺られている。
揺られながら罪悪感にさいなまれていた。
(これって公私混同じゃないの?)
宮仕えすることになったとき、両親と決めたことがある。
いくらオリビアと親しいからといって、彼女の権力におぼれないように、と。
アルフィード自身、オリビアに頼るつもりはさらさらなかったので、当然のこととして受け入れた。
しかし、今、こうした場面に直面すると、いかにオリビアの誘惑が魅力的で甘やかな物なのかと実感する。
(今回はしょうがない。緊急なのだから)
これからは例え身内の事でもオリビアを頼らないようにしよう。
アルフィードはそう自身を律して、改めて決意を固めるのだった。
前回に続いて同行したオリビアに、リオンとロアは慌てふためいたが、フィーナはオリビアの来訪を喜んだ。
アルフィードはすぐ白いネコの姿を捜したが、見当たらない。
フィーナに尋ねると妹は首を傾げた。
「いないよ? どこか行ってるみたい」
それが普通であるように、フィーナは平然と告げる。
伴魂が側にいないことはあり得なくはない。
しかしそれは主が居場所を把握している前提でだ。
家に帰ってすぐフィーナとネコの姿を捜していたアルフィードは、想定外の答えに言葉を失った。
「用があるから呼んでほしい」と告げると「来るかなぁ?」と首をかしげつつ、家の外に出て「ネコ~~!」と叫ぶ始末だ。
オリビアはお腹を抱えて笑い、笑いすぎて呼吸困難に陥りかけた。
アルフィードは頭を抱えて「心の中で『戻ってきて』って考えれば、伝わるから」と教えた。
「そうなの?」
教えられて初めて知ったフィーナは、アルフィードに言われたようにしようと、目を閉じて胸の内でネコに呼びかけた。
……結果はうまくいかず、結局、夕方になってもネコは戻ってこなかった。
問題はオリビアだ。
いつ戻るかわからない伴魂を待つと言い出したのだ。
つまりは「宿泊も辞さない」との意味を含んでいた。
……実際、オリビアは「それも楽しそう♪」などと呑気に構えている。
振りまわされるのはいつも側についている者だ。
今回、同行した側仕えらしき二人の人物に「大丈夫なのか」と目を向けると「とんでもない」と青くなっていた。
外出自体、好まれないのに、宿泊など想定外も甚だしく、何の準備もしていない。
……実際問題、アルフィードとフィーナの両親、リオンとロアも、オリビアが宿泊する事態となったら「勘弁してくれ」と泣きついただろう。
「私が残るからオリビアも残るというのなら、私は宮中に戻ります」
そうアルフィードがオリビアに提言したことで、不承不承ながらどうにか宿泊を阻止できた。
アルフィードが宮中に戻れば、せっかく手に入れた品を、フィーナと伴魂に装着する機会が先延ばしになってしまう。
オリビアもフィーナの現状を、少しでも安心できるものにしたい想いはあるのだ。
同時に、アルフィードが購入した品がどういった物で、どういった作用があるのかを確認したかったと、後に聞く。
そうしてオリビアが、日が落ちる前に宮中に戻れるよう出立してからしばらくして、ネコは戻ってきた。
家の中を窺うように、そっと戻って来た時には、日は沈み、夜闇が周囲に滲み始めていた。
夕食の準備を終えた後だったので、家族全員食事を終えてから、アルフィードは両親とフィーナ、フィーナの伴魂であるネコのいる場で革張りの箱を取り出した。
ちなみに、帰って来たネコは即座に捕獲して、食事中、逃げないように大ぶりのバスケットに閉じ込めておいた。
……終始、カリカリと爪でかく音が聞こえていたが。
両親に道具に関して軽く説明した後、食卓を囲む椅子にフィーナを座らせ、その膝の上にネコを置く。
両親と一緒にフィーナも話を聞いていたが、理解できていないようだった。
読み込んだ説明書に従って、フィーナの左手の小指とネコの左腕の下部に、サイズが異なる銀色のリングを嵌めた。
双方、大きさが合わず、するすると動いてしまっていたが、アルフィードが唱えた呪で瞬間的に最適のサイズに変じた。
驚いて声を上げ、銀のリングをかざして眺めるフィーナ。
ネコはリングが締まった瞬間、ビクリと体を震わせて、左腕を勝手悪そうにしきりに振っていた。
「ネコを拾った時のこと、覚えてる?」
妹と目線を合わせて、アルフィードは話しかける。
頷いたフィーナを確認して、話を続けた。
「体の力が吸われるような感じも、覚えてる?」
「……うん」
フィーナは顔をしかめて頷いた。
不快なものと認識しているのを確認して、アルフィードは伴魂の事を説明した。
伴魂のために、それは少しは必要なこと。
けれど、たくさん吸われすぎたら、フィーナが倒れてしまうのだと。
我慢できない時には、呪文を唱えて。――と。
「じゅもん?」
「唱えたら、腕輪が締まるから」
言って、アルフィードは慎重に輪が締まる呪文と、解除する呪文を教えた。
説明書を読んでいるときは気にしていなかったが、教えるとなると気遣いが必要となる。
フィーナが不用意に唱えたら、伴魂の腕輪が締まってしまうのだ。
注意しつつも、きちんと作動するのかを確認する必要はあった。
両親がフィーナとネコを見える位置にいることを確認して、フィーナに締まる呪文と解除する呪文を復唱させた。
締まる呪文に、ネコは「ギャン!」と悲鳴を上げる。
驚いたフィーナが慌てるのを、アルフィードは解除の呪文を早く唱えるよう急かした。
言われて反射的に唱えたフィーナの声で、腕輪の束縛は緩まる。
ネコの悲鳴はわずかの間だったが、両親とフィーナの驚きは大きかった。
ネコは自分の腕に付けられた輪を、警戒する素振りを見せている。
両親とフィーナはそれぞれ、違った驚きを見せていた。
両親は呪文で締まった腕輪に「そんなことができるものがあるのか」と驚きつつ、とりあえず、伴魂を制御できる安堵をのぞかせた。
一方、フィーナは想定以上の作用に驚いて、泣きそうな表情を浮かべていた。痛がるネコを気遣って抱きよせると「ごめんね」と何度も謝っている。
「危ない時は、こう使うの」
諭すように話すアルフィードに、フィーナは怖がって「使いたくない」と泣きそうになっている。
「どうしてもという時だけだから。
フィーナが『危ない』と思った時だけ使えばいいから」
だから覚えていて?
アルフィードの必死な様子に、フィーナも感じる所があったのだろう。
泣きそうな顔のまま、口元を引き締めるとコクンと小さく頷いた。
アルフィードは涙目の妹を引き寄せて、こつんと額と額を合わせた。
「大丈夫だから」
不安を漂わせる妹を安心させるように、アルフィードはそっとフィーナを抱きしめた。
◇◇ ◇◇
リオンとロアも、アルフィードが用意した道具に、一応の安心を見せた。
二人は伴魂との力関係が釣り合っているため、また、不測事態も起こったことがないため「魔力を吸われる」感覚を体験したことがない。
村人、街人にはそれが普通だ。
「魔力を吸われる」事象を耳にしたことはあっても、自分たちには関係のないことだと思っていた。
……フィーナがネコを拾って倒れるのを目にするまでは。
自身が知っている常識の範疇外の事が目の前で起きて、不安を感じていた。
そこへ対処法を提示されて、何かしらの手だてがあることに、ようやく安堵していた。
アルフィードは当初の目的を達することができた。
肩の荷が下りるのを感じつつ、お手洗いから寝室へと向かう廊下を歩いているときに、窓辺に座るネコに気付いた。
外は夜闇。
満月に近い月明かりが皓皓と降り注いでいる。
月明かりを背景に、白いネコの姿は浮かび上がるようだ。
足を止めたアルフィードにつられる様に、ネコがつと、目を向けた。
空色の瞳は、暗闇の中で獣の瞳と同じく、黄黒い発色を見せる。
伴魂は、多少なり主の面影を感じるものだが、ネコからはフィーナの面影を感じない。
伴魂となってから日が経ってないからかもしれないが……アルフィードはこの伴魂が、どうにも受け入れがたかった。
理由を問われても説明できないが、違うのだ。
自身の伴魂を含めて、これまで接してきた伴魂と。
……だけど。
妹の伴魂である事実は変わりない。
これからもそうだし、事情と状況はどうであれ、フィーナの伴魂になってくれたことに関しては、素直な謝礼を述べたい。
……けれど。
代償が、危険が、大きすぎる。
「フィーナを大事にしないと、許さないから」
伴魂に人の言葉は通じない。
細かな意思疎通は無理だが、大まか感情は理解できる。
自身の伴魂とのこれまでのやりとりから、アルフィードもその点は把握していた。
だからこそ。牽制を含めて伴魂に告げたのだ。
フィーナに何かあれば、伴魂にも影響があるのだ。
その点は理解していると思って。
アルフィードの意志が届いたのか、定かではないが。
ネコは向けられた視線を、自分からはずすことはなかった。
ようやく装着です。
次回から、フィーナ主体の話となります。