39.アルフィードの懸念【戒めの輪】
◇◇ ◇◇
フィーナにはセクルトの女子寮、もしくは貴院校の教室に赴けば会える。
けれど、アルフィードはセクルトでフィーナを訪ねるのを避けていた。
オリビア――王女の側仕えという立場を考慮したことと、アルフィードがセクルトに足を運ぶと、周囲がひそひそとさざめくのが苦手だった。
オリビアの側仕えとして知られているからだろうと、周囲の潜めいた声をそう考えていたが「ドルジェの聖女」と呼ばれているとは、アルフィード本人は知らなかった。
フィーナが「目立たず暮らしたい」と言っていたのも知っていた。
だから余計、セクルトに関する事柄から距離を置くようにしていた。
今回、そうも言ってられない事態だと思って、ドルジェに帰省した翌日の放課後。
アルフィードはフィーナを訪ねたのだった。
――訪ねたのだが。
「いない?」
教室にはすでに、フィーナの姿はなかった。
一日の授業が終わって、そう時間がたっていないはずだが。
クラスにいた生徒に行く先を尋ねたが、聞かれた生徒も行く先は知らなかった。
(寮に戻ったのかしら)
思って、寮に足を向けたアルフィードに、背後から声がかかった。
「アルフィード様!」
振り向くと、サリアが驚いた表情で駆けてくる。
これまで、寮を除く貴院校内でアルフィードを見たことがなかったので、驚きも大きいようだった。
「どうかされました?」
校外学習の事後確認、フィーナの伴魂が人語を操ると知った後である。
フィーナの伴魂――マサトの過去をサリアは知らないが、これまでの経緯から、何かあったのではと思っているようだった。
「フィーナに、確認したいことがあって。
教室に行ったけれど寮に戻ったみたいだから、そちらに行ってみるわ」
「え」
アルフィードの言葉に、サリアは目をしばたたせた。
そして少し考えて、遠慮がちに口をひらいた。
「……おそらく寮に戻ったのではないと思います」
「そうなの?」
どこに行ったのか、心当たりがある風のサリアに、首をかしげてどこに行ったか教えてほしいと、暗に含んだ表情を浮かべる。
アルフィードの仕草を見たサリアが、くすりと微笑んだ。
「やっぱり御姉妹ですね。フィーナと仕草がそっくり」
「……そうかしら」
「そうですよ」
――サリアの何気ない一言に、アルフィードの胸の奥がしくりと反応する。
痛みなのか、悲しみなのか、喜びなのか、嬉しさなのか――。
自分でもわからない感情に気付かないふりをして、続けたサリアの言葉を聞いていた。
「おそらく、魔法の鍛練所です」
◇◇ ◇◇
アルフィードも教師の付き添いのもと、鍛練所が放課後使えるとは知っていた。
知っていたが、使用するのは魔法の試験合格が危うい者だと思っていた。
――実際、フィーナが入学するまではそうだったのだが。
鍛練所にいる面々を見て驚いた。
フィーナは想定していたが、他にカイル、アレックス、レオロードも魔法の鍛練を行っている。
その誰もが疲労困憊、彼らの伴魂も疲労を滲ませている。
「ちょ――、ちょっと待って……。もう、限界……」
言いながら、地べたに座り込み、うつろな眼差しで呼吸を荒げているフィーナ。
その隣では同じく、座り込んだカイルが、荒い呼吸を繰り返し、こちらはしゃべる事さえできないようだった。その傍らには、カイルの伴魂が、目を回して伏せっている。
カイルの隣にはアレックス、レオロードが続き、彼らはそれぞれ大の字で地面に寝転がって、目を回している。
そうした面々を前にして、白い伴魂――マサトは『けけけ』と凶悪な笑みを浮かべていた。
『限界? 限界ってなんだ?』
「だ――だから……もう無理って……」
『自分で思った限界は、ホントの限界じゃねーぞ?
それをこえた先に、新しい世界が待っているんだ。
さあ、行こう。新しい世界へ』
告げるマサトは、どこか芝居じみた口調と身振りを加えて、フィーナ達に語りかける。
……が、フィーナ達としても、それらに付き合う気力もないほど、疲労は限界をこえていた。
朦朧とする意識の中、フィーナがどうにか、マサトに返事をしている。
「何言ってんのか、わかんない……。
マサト……気でも狂った……?」
『お前って、ちょいちょい失礼ワードぶっこんでくるよな』
「『失礼ワード』……? 『ぶっこむ』……?」
『あー。わかんなくていいから。限界なんだろ?
それはわかったから。
……ま。今日はこれくらいにしとくか。
来客みたいだし』
「らい、きゃく……?」
つい、と顔を向けるマサトの視線を追うと、サリアの隣に驚いた表情を浮かべる姉、アルフィードが居た。
最後の方にある、マサトとフィーナのやりとり。
ああいう緩いやり取りが書いていて楽しいです。
もっと書く機会があればなぁ。




