38.アルフィードの懸念【ドルジェ実家の書庫 3】
数ある書物は、歴代のエルド家の面々が収集したものと、人々の感謝で集まったものだった。
話を聞いてアルフィードも納得した。
何代も受け継いできたと言っても、その蔵書数は明らかにおかしかった。
リオンとロアの話を聞いた後、アルフィードは幼いころの記憶を元に、書物を探した。
そうして戒めの輪が書かれた本を見つけたのだった――。
◇◇ ◇◇
アルフィードは休日になると、急いでドルジェに戻った。
そして再度、戒めの輪について書かれた本に目を通した。
年数を感じる、古めかしい装丁、日に焼けて茶けた紙面。
扱いに注意しながら、目当ての箇所をさがしていく。
探しながら、それがどんな本であるかも簡単に目を通していた。
書物には当時、使用されていた様々な道具が書かれていた。
道具をあらわす絵が描かれ、側にそれがどういったものか、使い方、注意事項等が書かれている。
「――あった」
見つけたページには、戒めの輪について書かれている。
そのページ近辺には、伴魂に使用する道具がいくつか記載されていて、どれも目にしたことのない物だったが、書物が書かれた当時は今ほど珍しい物ではなかったようだ。
アルフィードが気になっていたのは、道具がどの国で制作されたものなのか、使用することで伴魂の行動を制限するだけでなく、別の道具を用いれば、戒めの輪を着けている者の素行が筒抜けになるのではとの懸念だった。
その本が、どこで作成されたのかも確認したかった。
自国で作成されたものか、アブルードで作成された本が、国境を越えてこの場にあるのか――。
残念ながら、書物にはアルフィードが知りたいと思っていた記述は記されていなかった。
次にアルフィードは、戒めの輪を購入した店に足を向けた。リーサスとディルクを通じて、店に赴く手筈を整えてもらっていた。
そうして再度赴いて、アブルードの品の流通具合についても尋ねたのだ。
今回は時間指定も必要なかったので、アルフィードは日の高い日中に一人で赴いた。
店主は、再来訪したアルフィードに驚いていた。訪問するのはリーサスかディルク、二人のどちらかだと思っていたようだったが、尋ねたことには答えてくれた。
「アブルードの品は、珍しい部類にはなっているが、皆無じゃない。
疎遠になったのも、ここ数十年のことだ。
それまでは互いに必要な品のやり取りで往来はあったからな。
その時にこの国の者が購入していれば、流通に乗ってくることもあるだろうな」
答えた店主は「そう言えば」とアルフィードに尋ねた。
「前、買った品。あれから具合はどうだ?」
聞かれて、アルフィードは苦笑する。
「使っているのは、私ではないのです。
取得した伴魂の魔力が強いようなので、念のためにと与えた物なのです」
「ふうん……。弟さんか妹さんかい?」
言い当てられたアルフィードは、驚いて警戒心をみなぎらせた。
アルフィードの心情を察した店主が苦笑する。
「そう警戒しなさんな。少し考えればわかることさ。
伴魂に関しては、誰しも繊細な部分もある。
どんなに親しい友人なり間柄だとしても、伴魂の魔力を制御する道具を準備するなんざ、し得ることじゃない。人としての尊厳を損ねかねないからな。
そうして考えるとだ。道具を必要とするのは、伴魂を取得したばかりで不慣れな者――と、なると、嬢ちゃんより下の年齢。そして嬢ちゃんの心配を受け入れられる身内だろう?
考えが及ぶヤツなら、誰だって気付くだろうよ」
……確かに。
店主の発言内容に納得して、アルフィードは警戒を解いた。
店主はアルフィードの機微を知った後、にやりと口元を緩めた。
「ところで――。今日は客として来てるんだろ? ゆっくりと他の商品も見て行ってくれよ。
ああ。質問に答えたからって礼で買う必要はないからな。
気にいったものがあったら、買ってくれたらいい。
この前は、腕輪を探してたから、他の商品はろくに見てないだろう?
これでも、手広くやってる自負はあるんだ。
……まあ、嬢ちゃんが気にいるものがあるかは、自信はないがな」
「女性がどんなものが気にいるのか、わからんでな」と、最後は弱気になる店主に、アルフィードはクスリと笑って「では、御言葉に甘えて」と店内をゆっくりと見て歩いた。
商品は雑多に並んでいる。
店主が言うように、品ぞろえは実用的な物が多く、女性が目を引かれる装飾品は少なかった。
アルフィードも、自分で装飾品を購入したことはない。
装飾品や宝石類に関する審美眼は、アルフィードは持ち合わせていなかった。
そんなアルフィードでも、ふと、目に止まった商品があった。
細かな装飾が施された銀細工だ。銀の線が放射状に不規則に広がっていて、その先に、銀の粒が散りばめてある。一つの線の先に一つの粒。小さな花房のようだ。
そうした装飾の袂には、留め金らしき物体がある。
目を惹かれて手に取ったものの、使い方がわからない。
アルフィードの戸惑いに気付いた店主が、道具の使い方を教えてくれた。
「山なりに沿っているだろう? その山の頂点を押して逆方向に逸らせると――」
言って、実演すると、パチン、と金属が開いた。
それを見て、アルフィードはようやく使い方を理解した。
閉じるときはその逆をすればいいという。
「髪留めらしいがな。ケープぐらいの大きさのものだったら、留めることもできるらしい」
言われて、そうした時の情景を想像した。
寒さの厳しい中。肩口に巻くケープ。それを留める白銀。柔らかな線の先の粒は、木枯らしに吹かれて小さく揺れる――。
「――これ、ください」
「まいど」
にやりと満足そうに微笑む店主に、アルフィードも嬉しげに微笑んだ。
物に対する執着心は薄い方なのだが、この商品はなぜか心ひかれた。
値段も手ごろなのだろうと思う。
そうして目的を果たしたアルフィードは、同時に、覚悟も決めていた。
店主からも、道具に関する詳しい話を聞きだすことはできなかった。
戒めの輪はアブルードで製造された可能性があるのなら――。
フィーナの白い伴魂、マサトに直に話を聞いて、確認しなければならないことがある。
――と。




