37.アルフィードの懸念【ドルジェ実家の書庫 2】
幼いころから書庫に出入りしていたアルフィードとフィーナにとって、それが当たり前の光景であり、書庫に関して何の感情も抱いていなかった。
小児校に通い始めてからは小児校の図書室を、中児校に通うようになってからは中児校の図書室を、セクルトに通うようになってからはセクルトの図書室を。
その時折々、通う学び舎の図書室を利用していた。
小児校より中児校、中児校よりセクルト貴院校と、蔵書数が段階的に増えていたので、実家の蔵書を思い返すこともなかった。
アルフィードは「エルド家の書物は小児校より少ない」と思っていた。
しかし、フィーナの伴魂の件があってから、昔見た書物の中に、伴魂を制御する道具が記載された本があったと思い出して、改めてエルド家の書物に目を通したアルフィードは、蔵書内容に驚いた。
小児校より、蔵書は少ない。
そう思っていたアルフィードの記憶は、完全な思い違いだった。
確かに、幼いアルフィードから見たら、蔵書は少なく感じただろう。
しかしそれは、幼い子が理解できるものが。……との意味でだ。
年と知識を経て、改めて書庫を見ると、その蔵書数にアルフィードは驚いた。
セクルトには及ばないが、小児校、中児校に匹敵する蔵書数を有している。
薬草に関する書物が半分ほど占めていたが、残りは薬草に関係するもの、関係しない雑学、時代時代の国の情勢、武芸の指南書、果ては魔法の指南書まである。
戒めの輪に関する本を捜す際、それらの書物の存在を知ったアルフィードは、驚いてリオンとロアに書物に関して尋ねた。
なぜ、これほど多岐に渡る書物があるのか。――と。
リオンとロアは、顔を見合わせた後、苦笑した。
「悪い。全てを把握は出来ていないんだ。
俺たちは「潰えさせず、受け継ぐように」と言われて、それを守っているだけなんだ」
薬草に関して、わからないことがあれば書物に目を通すが、基本、薬草が書かれた本以外は手に取らないと、リオンもロアも告げる。
二人も薬草屋の本業が忙しく、ゆっくりと本を読む余裕がなかったのだ。
「けどな」と、父、リオンが言葉を続ける。
「相手を選ばず、病人、けが人には治療を施すようにと、先祖代々、受け継がれているんだ。
敵だろうが味方だろうが関係ない。
助けた敵が体調を回復した後、刃を向ける時は、進んで前に出ろと言われている。
そしてこう言えと。
「殺したければ殺せ。だが、私が貴殿を救った知識が、貴殿の家族を救う機会があるかもしれない。そうした機会を潰しても構わないというのなら、その刃を甘んじて受けよう。
だが、私にも自負がある。どの医者が見放した患者であろうと、私は決して見放したりはしない。不治の病であろうと、最後まで共に立ち向かう」――と」
「あなた、その口上好きよね」
側で聞いていたロアが、くすくすと笑っている。
「何だよ」とリオンが少々頬を膨らませて抗議するが、ロアはアルフィードに諭すように言葉を続けた。
「私も、リオンが言った口上、好きよ。同時に、私達の信念でもあるの。
助ける相手は、敵味方、関係ない。そしてリオンが言ったような口上を言えるほどの知識を持つことを求められてる。
――幸運にも、私たちはこれまで、私たちに害をなす病人や怪我人に会ったことなくて、御先祖様の口上を使う機会はなくてすんでるけれど。
過去ではそうした状況にあったこともあるみたい。
説得がうまく出来た方もいらっしゃれば、上手くいかなくて、命を落とした方もいらっしゃると聞いているわ……。
私たちは、誠心誠意込めて対応しているの。
そうした心根を感謝して、何かの役に立ててもらえればと、書物をもらっていたの。
「くれるのなら、金銭より書物を」……って、御先祖様も言っていたらしいから。
その御先祖様が言ってたらしいんだけど「金銭は一瞬で消えるけれど、書物は数百年、数千年残る遺産だ」……って。
確かに、そうなのよね。
薬草に関する書物の中には、百年前のものが役に立つ時もあるのだから。
ついこの前も御世話になったわ」
リオンとロアも先人たち同様、治療費、薬代以外のお礼の品をもらう場合、可能ならば、書物を譲り受けていると言う。