36.アルフィードの懸念【ドルジェ実家の書庫】
◇◇ ◇◇
フィーナの伴魂――マサトが人の言葉を話すと知った時。
アルフィードは驚いたものの、同席する面々ほど大きなものではなかった。
驚いたものの、なぜか納得した。
フィーナの伴魂は当初他の伴魂と大きく異なると感じていた。
――それが何か。
問われてもうまく説明できず、そう思うからとしか言えなかったので、他の誰にも――フィーナにも言えずにいた。
ドルジェに帰省した時。
セクルトで見かけた時。
都度都度、注意を払っていたのだが――。
人語を介する件は「だから他の伴魂と異なる印象を受けたのだ」と思えたのだが。
事が「イセカイテンセイシャ」という、わけのわからないものに及び。
……何より。
その後、白い伴魂が口にした内容の方が、アルフィードに衝撃を与えたのだった。
アールストーン校外学習時の確認事項を行った週、その休日の翌日。
オリビアの招集を受けた場で、フィーナの伴魂、マサトの話を聞いた。
彼の素性、これまでの経緯。
そうした話の中でアルフィードは息を飲んでいた。
――アブルード。
国交が断たれて久しい国の名を、アルフィードは覚えていた。
マサトの話を聞いた時、驚きと共に身の内に起きた感情を何と言えばいいのか――アルフィード自身、説明できない。
息の止まる驚きと――困惑。
なぜ、それが関係してくるのかと動揺した。
アルフィードは同じ時にその国の名を耳にしたリーサスを、そっと伺い見たが――。
リーサスは気付いていないらしく、アブルードの国名を聞いても、驚いた様子は見られなかった。
リーサスの反応に、アルフィードは我知らず安堵した。
この場に置いて、同じ状況を経験したリーサスが気付いていないのが、救いだった。
安堵しながら、思考を過去へと誘う。
どのような経緯で、どのように知ったのか――と。
思い、考え、過去を振り返る作業を、目まぐるしい速度で行っている時だった。
「アル?」
オリビアに声をかけられて、ハッとした。
声につられて見ると、怪訝な面持で自分を見ているオリビアと目が合った。
そこでようやく、アルフィードは自分の置かれた状況に思い至った。
オリビアは、自分とディルクに、アブルードとの国交がどうなっているか、尋ねていたのだ。
声は聞こえていた。
聞こえていたが、思考の隅に追いやられていた。
アルフィードはオリビアに頷いて肯定を示し、了承の意志を伝えた。
アルフィードの返事を聞いて、オリビアがディルクに話しかける素振りから、アルフィードへの助力を頼んでいるのだろうと思えた。
これまでだったら「一人で大丈夫」と虚勢を張れたのだが――。
今はどうしても、気がそぞろになっているので、きちんと仕事をこなせる自信がない。
オリビアから申し渡された内容は、ディルクが理解している。
そうした状況が、アルフィードには肩の荷が下りる心地だった。
ディルクも共に対処してくれるなら、今現在、気になっていることを解消したあとで、ディルクに尋ねて、それからきちんと仕事をこなせばいい。
そう、思っていた。
今はアブルードとの国交確認より、アブルード自体に関して、調べたいことが、いろいろとあった。
◇◇ ◇◇
フィーナと白い伴魂に施した、戒めの輪。
それがアブルードの鑑定書付きだったと、アルフィードは覚えている。
アブルードの名は、世界各国の国の一つとしての認識があるだけで、特段、気にしていなかったのだが、フィーナと白い伴魂に施した戒めの輪の存在から、アルフィードの意識に残る国名となった。
国交が断たれて久しい国の名で書かれた鑑定書が付いている物を、なぜフィーナに施そうとしたのかと、アルフィードはその段階から振り返った。
戒めの輪の存在は、以前から知っていた。
なぜ知っていたのか。
そうして考えを振り返った時、思い出したのは、ドルジェの家に保存されている書物の数々だ。
先祖代々、薬屋を営む関係上、薬草に関する膨大な書物が、エルド家の書庫に保管されている。




