16.戒めの輪【購入編:後編】
アルフィードの隣ではリーサスが羨望の眼差しを送っている。
「あのような技、初めて見ました」
興奮しきりのリーサスに、シンという名の青年は苦笑を浮かべた。
くしゃり、とリーサスの頭を撫でつつ「騎士になるんだったら『守る』ことを覚えないとな」と告げる。
守る対象者を体躯が傷を負わないようにだけでなく、不利益からも守るようにあるべきだと。
シンはそう暗に含んだ物言いをしていた。
シンが告げた言葉が意味するところと、彼が気付いた点に関して、リーサスは驚きを深めた。
「なぜ私が騎士を目指しているとわかるのですか」
聞かれてシンは「しまった」感を漂わせた。
逃げ道を捜していたが見つからなかったようで、観念して小さく息をつくと「腰の剣」をつと、顎で指し示した。
「柄に施された紋章、騎士校の校章だろ。知り合いが通ってたからな」
シンの言葉にリーサスは得心した。
騎士学校の紋章は表立って知られていない。
知っている人は知っている。
その程度だ。
騎士団の紋章は別にあるので、学びの場の校章は人々の間に知られていなかった。
剣自体はディルクのお下がりらしい。
リーサスはまだ騎士校に通える年巡りではないので、兄や知り合いに鍛練を受けているという。
それからリーサスはシンを質問攻めにしたが、セスが「そろそろ」時間だと促したので、リーサスの追及はそこまでとなる。
非常に残念そうなリーサス、安堵するシン。
アルフィード達は当初の目的をかなえて、帰路についた。
馬車の中でも、リーサスはシンを褒めそやす。
盗人に真っ先に対処した俊敏さと、身につけている技。どちらも素晴らしいと。
リーサスの褒め言葉を耳にしながら、アルフィードはなぜか素直に賛同できなかった。
渋面を張り付けるアルフィードに気付いたセスが「どうしました」と尋ねる。
「いえ……」と濁しつつ、アルフィード自身、胸に生じた感情をもてあましていた。
リーサスは手放しにシンを褒めるが、アルフィードは賛同できない。
「なぜ」と聞かれてもわからない。
なぜだろうと自問し続けたが、結局答えは見つからなった。
ただ、シンに対する苦手意識が、アルフィードの中に残っていた。
◇◇ ◇◇
「とんだ茶番だ」
アルフィード達が帰った後、盗人を街の警備隊に渡してから店内に戻った店主は、続いて店に入ってきた青年、シンにそう告げる。
店主は自身の指定席に座ると、シンは側のカウンターに寄りかかって立った。
「そう?」
苦笑するシンに、店主は渋面を深める。不満がありありと見てとれた。
「出来合いレースもいいとこだ。
……あんな子供だったとはな。
お前があれを渡したかったってのは」
「……さあ、どうだろうな」
「今さら……とぼける必要もないだろうに。
実際、買い取ったのはあの嬢ちゃんだ。
お前も口出ししてるんだ。
知らぬふりする方がわけかわらんよ」
「口出ししないと、おやっさん、ヤバかったし。
『あんな子供』相手に、迫力負けして卒倒する手前だっただろ」
言われて店主は、バツが悪そうに口をつぐんだ。
表情は不機嫌のままだ。
「……何だったんだ、あれは」
アルフィードが怒りを露わにした時の事を思い出して、店主が尋ねる。
シンは知っているだろうとあたりをつけての問いだった。
シンは少々考えて、ぽつりとつぶやいた。
「……『力』の使い方、知らないんだろうな」
「『力』?」
「魔法とか? そういうやつ」
シンの言葉に、店主は目を丸くする。
「貴族の子供は幼いころから魔力の鍛練をしているんじゃないのか」
貴族はもともと、多量の魔力を有する者が多い。
力を制御するためにも、力の使い道である魔法を鍛練していると、市井の民でも知っていることだった。
店主の言葉に、今度はシンが目を瞬かせた。
そうして「ああ、だから」と納得する。
「言ってなかったっけ? あの子、貴族じゃないよ」
今度こそ、店主は言葉を失った。
しばらくの沈黙の後、店主が呻くように呟く。
「しかし……あの伴魂……」
店主も商売柄、店が外れだが貴族街にあるので、貴族と商売をする機会がある。
彼らの伴魂を見たこともあるが、あの少女ほど美しく色鮮やかな伴魂を目にしたことはない。
美しい伴魂を取得しているほど、位が高いと言われている。
なのに、貴族ですらない?
そこで店主ははっと思い至った。
「まさか『ドルジェの聖女』……?」
噂はあった。
市井出身者でありながら、美しい伴魂を取得し、伴魂に見合った魔力を有した少女がいる。
貴族だけが通う、セクルト貴院校にも特例で入学し、突出した成績で修学を終えた。
それらの経緯から、市井の民としては異例ながら宮仕えをしていると。
出身である村の名前から「ドルジェの聖女」と呼ばれていた――。
(『聖女』ねぇ……)
思って、シンは胸の内で苦笑を洩らす。
今日のやりとりから鑑みて「聖女」と呼ばれたアルフィードを想像すると、思いきり眉をひそめて嫌がる姿が思い浮かぶ。
「『聖女』……」と、店主も当惑しているようだった。
想像していた清らかで清楚な偶像との違いに戸惑っているようだ。
「おやっさんがふっかけたの、貴族だと思ったから?」
「……そうだ。
伴魂を道具としか考えとらん輩は好かん」
「だからってあんなにふっかけるかよ。
仕入れ値ゼロの物に」
シンの言葉に、店主は「ふん」と鼻息を荒げた。
「仕入主の要望に答えて、仕入先が望む特定の人物に売るように手配して。
日中でなく夜という時間指定にも応じるとか、いろいろ手配してやったんだ。
売値はこちらに任せる約束だったはずだが、最終的には口出ししおって。
約束が違うんじゃないか?」
「市井の人間相手と思っての金額じゃなかっただろ。
相手が貴族じゃなくても、あの金額だったか?」
「……それは……」
「止めて正解だろ。
……まさか、ふっかけた金額、払えてたってのは誤算だったが」
どんだけ給金、いいんだよ。
どんだけ貯めこんでんだよ。と、シンはぼやく。
シンも店主も、それぞれ思うところはあったようだが「とりあえず」と店主が確認した。
「これでお前さんの思う通りに事は運んだか?」
――金は要らない。
売値はそちらで決めてくれて構わない。
代わりに条件を飲んでほしい。
そうしてシンから持ち込まれたのが、革張りの箱の品だった。
シンとも知らぬ仲ではなかったので、条件を飲んで、手配した。
売りたい相手を確認するために、売買の時には店に居て、それとなく相手を確認したい。
この相手なら売っていいと判断したら、前もって決めた合図を店主に送る。
そんな手筈をとっていた。
日中は忙しく、夜でないと店に行けないというシンの要望に答えての、時間指定だった。
「おおむねな」
店主の問いに答えて、礼を言う。
「手間はかかったが、儲けは大きかったろ」
それで手間がかかったことに関する小言は勘弁してくれと、シンは苦く告げる。
「そうだな」
店主は同意しながらも、前々から気になっていたことをシンに尋ねた。
「ところで……あの道具はどうやって手に入れたんだ?
アブルードの伴魂を制御する代物など、初めて見たが」
伴魂に関する道具を扱う店主も、それなりに詳しい自負はあったが、彼の知識でも初めて目にするものだった。
店主の問いに、シンは苦笑を浮かべる。
「『じいさんの遺品』だよ」
「……そういうことにしておこう」
素直に信じてはいないぞ。と匂わせて、店主は追及を諦めた。
目的を達したシンは、店から出ると、薄手のストールを口元まで隠れるように首に巻く。
ズボンの左右のポケットに両手を入れて、肩をすくめつつ街道を歩き、ふと空を見上げた。
闇夜の空に瞬く星々が、ちらちらと瞬いている。
「……空はどこで見ても同じなんだな……」
ぽつりとつぶやいて、帰路へとついたのだった。
ようやくお買いもの終了です。
当初、考えてなかった人たちが結構出てきて「う~わ~……」でした。
話の流れでしょうがないんですが……そうして話ができて行く……。
次回は「戒めの輪、装着編」です。
着ける状況だけはぼんやりとイメージしてるんですが……どう話が進むかな。
謎です。
(……着けるところまで、いかないってことはないよね?(ドキドキ))