15.戒めの輪【購入編:中編】
アルフィードは「自分は口下手」と認識している。
自分が発する言葉を聞きながら「本当に自分が言っているの?」と流暢な語りを不思議に思う、奇妙な意識下にいた。
「それに……伴魂を変えるのがどのようなことか、わかった上で言っているのですか?」
伴魂とは、主従関係もだが、信頼関係が必要となる。
店主の伴魂と思しき、カウンターをちょこまか歩いているハムスターに目を向ける。
彼の伴魂も、愛情を注がれていると一見して判断できる。伴魂を大事にしている人に、簡単に「伴魂を変えればいい」と言われたくなかった。
店主は気圧されながらも、意地でアルフィードに対面している。
その店主が口を開こうとしたとき――。
「ははっ!」
側で盛大に吹き出す声が聞こえた。
想定外の笑い声に、意識がそちらに持っていかれる。アルフィードも例外でなく、猛った意識が途切れた。
声の方を見ると、客の一人らしき栗色の髪の青年が、カウンターに寄りかかって肩を震わせている。
身の丈はセスと同じ程。
体躯、服などの様相からディルクより年上の二十前後の年に見えた。
栗色の髪の青年は顔を背けてひとしきり笑った後、店主に顔を向けた。
外見から想定できる年齢は、やはり二十前後。ディルクより年上だろう。
栗色の髪に空色の瞳。
暗がりの中では髪も瞳も黒に見える中、彼は店主に――アルフィード達に歩み寄りながら、笑いをかみ殺している。
側に来た青年を見上げて、アルフィードは眉を寄せた。
何が面白いのかわかりかねるが、目の端には涙らしき遺物が見える。
歩み寄った彼はアルフィード達ではなく、店主に声をかけた。
「負けだよ負け。おやっさんの負けだ」
店主に向けられた言葉に、当人は渋面しきりだ。
表情からは「負けてない」の意志が伝わるが、現状を鑑みて反論できないとわかっているのだろう。
栗色の髪の青年は「ってわけで」とアルフィード達に顔を向けた。
「そちらの要求飲むから、見逃してやってくんない?」
(見逃す?)
意味がわからなかったが、商品を見せてくれるのなら異論はない。
頷くアルフィードを確認して、青年はつと、顎で店主を促した。
……セスとリーサスが、胸をなでおろしていたのに、アルフィードは気付かなかった。
店主は小さく息をついて、店員らしき少年に商品を持ってくるよう指示した。
そうして用意された箱は、革張りで古い物と想定されるものだった。
指輪などの宝石箱のようだが、それよりは二回りほど大ぶりな造りだ。
丁重に箱を開ける店主を見ていると、箱には小ぶりなリングが二つ、入っている。
腕輪にするには小さく、指輪にするには大きいものだった。
「一つは主がつけて、もう一つは伴魂がつける。
主が『戒めの言』を唱えると、伴魂に付けたリングが締まって行動を制御する仕組みらしい」
「『らしい?』」
尋ねるリーサスに、店主は首をすくめた。
「試しとらんから、本当かどうかは知らんよ。
だが鑑定書は本物だ。
……信用するかどうかはそちらに任せるがな」
説明も鑑定書についていると説明する店主に促されて、セスが同封されていた四つ折りの紙を開いた。
内容を確認したセスは、目を見開く。
「アブルード国の鑑定書……?」
なぜこのような物が、と店主に目で問うと「有る所には有るんだよ」と店主はニヤリと笑う。
「アブルード、ですか?」
と、リーサス。
聞いたことはある国名だが、繋がりがないので実感がない。
リーサスの言葉にセスは頷いた。
だからこそ、そうした物が街にあるのかと驚いているのだ。
「昔は交流あったからな。
じいさんか何かの遺品ってことでウチに流れついた物さ。
鑑定書は本物だ。
……さて、どうする?
……ああ、物が物だけに、高値だが。
使えなけりゃ意味ないから、返品は受け付けるよ」
「買います。いくらですか?」
正にアルフィードが欲していた物だ。
店主が告げた金額に、セスもリーサスも目を見張った。
アルフィードはすぐに払おうとするので、セスとリーサスが「待った」をかける。
セスとリーサス以外にももう一人、「待った」をかけた人物がいた。
「……おやっさん?」
声をかけたのは、栗色の髪の青年だった。
表情は笑顔なのだが、底冷えする雰囲気を湛えている。
「ふっかけすぎじゃね?」と告げる青年に店主は「むぅ」と口をへの字に曲げた。
最終的には最初に提示された金額の半値となり(それでも高額なのだが)、アルフィードは支払って、ようやく念願の物を手にいれることとなったのだった。
アルフィードは購入した品を、肩から斜めがけしたバックの中に大切に仕舞った。
リーサスはアルフィードの妹、フィーナの存在も伴魂事情も何も知らない。
道具を購入するにあたって「誰に必要なのか」疑問に思っただろうが、聞かずにいてくれる。
リーサスの心遣いをありがたく思いながら、セスとリーサス、二人を連れ立って店を出た時だった。
「あっ!」
後方から出てきた男性に押される形で、アルフィードは足がもつれて転んでしまう。
後方にいた男性と折り重なる形で倒れてしまった。
「す――すみません」
謝る男性に「い、いえ」と答えつつ、ぶつけて痛みを覚える頭と足の怪我の具合を確認する。
――たいしたことはない。
膝はほんのわずかな擦り傷、頭部は接触したときの打撲くらいだ。
手を差し伸べてくれるセスの手を掴んで立ち上がろうとした時――視界の端で影が動いた。
何だろうとアルフィードがその影を目で追った時には――人が宙を舞って――投げ飛ばされていた。
腕を捕まれた男性が弧を描いて宙を舞い、背から地面に叩きつけられる。
「がっ!」と叩きつけられた音と同時に、投げられた人は苦しげな息を漏らした。
腕を掴んで投げた人物は、腕を掴んだまま、ぎりぎりと締め上げている。
「シン!」
店主が店から飛び出して、腕を掴んで締めあげている人物に声をかけた。
「おやっさん」
答えたのは栗色の髪の青年だ。
何をしているのかと聞く店主に、腕を締めあげたまま、顎で胸元を示す。
「こいつ、盗ってる」
それで店主も状況を把握したようだ。
締めあげられている男の懐を探ると、革張りの箱が出てきた。
……アルフィード達が見覚えのある物だ。
驚いて、アルフィードがバックの中を確認するが……ない。
どうやら接触したときに盗まれたようだった。
それに気付いた栗色の髪の青年が、犯人を取り押さえてくれたのだろう。
再び革張りの箱を手にしたアルフィードは、店主とシンと呼ばれた青年に頭を下げて礼を告げた。
シンという名の青年は「いいっていいって」と手を振ってへらへらと笑っている。
彼の軽い感じが、アルフィードはどうも苦手だった。
中編です。
次は後編で、ようやくお買いもの終了です。
主人公のフィーナが出てこない話が長くなってしまいました……。