20.告白【マサトの過去 3】
フィーナに話さずにいた妹の存在。意識下で送った情景は、音を省いたものだった。
――ただ。
無意識のうちに送ってしまった最後の景色だけは、声を聞き取ろうと幾度となく振り返っていたので、フィーナにも同じものを見せてしまった。
その情景の中で、何も知らないフィーナが、妹の声を聞き取ったのだ。
確かなものだとマサトは確信していた。
マサト自身はどうしても、実際体験した全身の痛みと意識に引きずられて、聞こえていたはずの声を聞き取れなかったのだろう。
フィーナが落ちついてから、マサトは話を続けた。
フィーナが、マサトが「異世界」「転生者」である認識を持ったのを確認して、口を開いた。
『アブルード……って国を、知ってるか?』
「アブルード?」
フィーナは丸太を背もたれにして、地面に腰をおろしていた。
ザイルが常備用の箱を置いているので、そこから敷物を借りている。
ザイルはここで過ごす際の小道具を数点、備え置いていた。
マサトはフィーナの側で膝の側に、同じ敷物の上に座っていた。
「聞いたことあるような……ないような……」
「うーん」と考え込むフィーナに『知らなくてもいいんだが』と呟いて、マサトは言葉を続ける。
『この国とは国交が断たれてるみたいだからな。知らなくて当然と言えば当然だ。
俺がこの世界で意識を持った時。その国に居たんだ。
この国で言う伴魂として――呼び寄せられたんだ』
おそらくそこは、召喚なりを行う特別な場所だったのだろう。
石畳の四方の部屋に円陣があって、壁の側に鏡が備え付けてあった。
鏡は、自身の姿を理解させるために。
『異世界の人間を伴魂として召喚すると、言っていた』
「人間を?」
驚くフィーナに、マサトが頷く。
『後になって考えると、それも眉つばモノなんだがな。
どうやら、異世界の人間がこの世界で生を受けると、人間ではなく動物に生まれ変わるようなんだ。
転生者らしき動物に術をかけると、反作用か何かで、過去の記憶がよみがえるらしいんだ。
……俺はそれをこっちに生まれて幼いころにされたから、最初の頃から認識はあったんだ』
「どうして、そんなこと、するの?」
信じられないというフィーナに、マサトはため息を落とす。
『異世界の知識が欲しいんだと』
「知識――」
『高度な知識があれば、それだけで強みになる。
あと――異世界転生者は、魔力が高い』
「あ――」
様々なことが、フィーナの中で符合した。
なぜ魔力が強いのか、なぜ博識なのか――。
それからマサトは、要所要所をフィーナに話した。
過去の記憶はあっても、この世界では何も知らない赤子同然だったこと。
子飼い同然で、アブルードに使われていたこと。
魔法の知識もアブルードで学び、時には戦場にも駆り出された。
『何年かすると、さすがに俺もおかしいと思って、従うふりして裏でいろいろ調べたよ。
それで現実と聞かされてたことの違いを知ったんだ。
国を護るためと、大義名分掲げた戦も、蓋を開ければ単なる侵略だ。
戦で圧勝してたのも、異世界の知識のおかげってのも、結構あった。
――ああ、俺だけの知識じゃないけどな。
俺のいた世界とはまた別の世界にいたやつも、結構いたよ』
そうしたマサトを、憂いている人間もいた。
それがこの国で言う伴魂の主にあたる、者だった。
伴魂が人との関係を契約で縛られるように、契約を交わす。
そして――国とも。
生きるために、衣食住の庇護を受けるために、マサトには必要なことだった。
『従うふりしつつ、裏でこそこそ動いてた。
権力に任せた、暴虐武人なことする貴族も多くてな。
目に余ったんだ。
そんな奴らも、俺のような転生者には手を出せなかった。
……まあ、それも長く続かなくて、ばれちまったんだけどな』
従わなければ、厄災でしかない。
立場的に危なくなったところを助けてくれたのが、この国では伴魂の主にあたる宿人、リージェだった。
「レイ、ブラント――……」
その言葉に、フィーナの鼓動は、どきりと一気に高鳴った。
覚えているその言葉は。
いつ、聞いたのかは――。
『命をかけて、俺との契約も――国との契約も、破棄してくれたんだ。
そうして俺はアブルードから逃げ出してこの国にたどり着いて――。
――……フィーナ。
お前が俺を助けてくれた』
ざっと風が流れた。
目を丸くしてマサトを見つめるフィーナ。
マサトもフィーナを見つめている。
思い返せば――そうだ。
今でこそ、憎まれ口をたたくほど元気になっているが。
裏庭で見つけた時は、魔力が枯渇して飢餓状態だった。
そのような状態になるまで、逃げてきたということか。
『あの時は、本当にヤバかったんだ。身動きとれないほど魔力が枯渇していた。
それで、普段だったら絶対手を出さないような子供から――フィーナから、魔力を吸い取ってしまった。
もともと、フィーナは魔力が少なかったって言うのに。
そのせいで、フィーナの命を危険にさらした――。
あの時は本当にすまなかった』
深く頭を下げて謝罪するマサトに、フィーナは慌てた。
「やめてよ。死にかけてたんだからしょうがないよ」
『それでフィーナも死にかけたんだぞ?』
「うぁ……。やっぱりそういう状態だったの?」
今となっては過去のことだが、体調がきつかった記憶があるため、フィーナはぞっとした。
『あのまま、何もしなければな。
吸いすぎて、慌てて少しだけこっちから供給して、どうにか大丈夫だったが。
――それが、伴魂としての契約となったんだ』
「――え……?」
さらりと。
唐突に重要なことを言ってのけるから、フィーナは思考がついていけない。
そんなフィーナを尻目に、マサトは言葉を続けた。
『この国での契約の方法はよくわからないが、用は主と伴魂が魔力のやりとりをするってことだ。
紙面を介せば、紙面で契約破棄できる。
紙面を介さなければ、互いの同意で解除できる。
伴魂との魔力のやり取りは、この国ではあまりしてないみたいだし、伴魂も獣の知性しかないのが大半だから、紙面を介した契約以外、浸透してないんだろうな。
――解除の方法がわからないと言っていたが、俺とフィーナ、互いに解除に同意して魔力をやりとりすれば、解除できる』
マサトはそこで一度、言葉を切った。
声を失って、呆然としているフィーナをしばらく眺めた後、静かに、口を開いた。
『――契約、解除するか?』
やっと書けました~~~!
白い伴魂、マサトの、異世界に来てからの過去です。
書き始めた当初から考えていた内容です。
マサト主体に書くと、この辺りの説明も難しかったのです。
説明ばかりになったので。
ちょっとだけ伏線回収できたかな?
伏線回収。もう少し続きます。




