19.告白【マサトの過去 2】
馴染みのない服装に身を包む人々、人家と思しき家々の連なり、親しげに話す人々。口は動いているが声は聞こえない。
目の前の光景は人から見たものなのだと、フィーナは漠然と感じた。
これがマサトが目にしてきた風景――。
家の中と思しき場所、四角い板の中で小さな人が話して動いて、目まぐるしく画像が切り替わっていく。
食卓に並ぶ食事。
――サンドイッチ。
見覚えのあるそれを手にとって、頬張りながら焦っている少女。年の頃は姉の、アルフィードほどだろうか。
黒髪を頬の辺りで切りそろえている。
黒の瞳。いたずらっぽく、おどけて笑う様子は親しい仲なのだろうと推測できた。
そして――急に眩しい光が視界を覆ったかと思った瞬間。
身の丈より大きな白い、箱状の物体が速い速度で近づいてきて――。
「――――っ!?」
『フィーナっ!』
体を襲う激しい衝撃に、フィーナは平衡感覚を失って倒れそうになった。
寸前、意識下の映像が途切れて、現実へと引き戻される。
反射的に目を開けると、座っていた丸太から、崩れ落ちるように倒れるところだった。
膝と手をついて、頭から地面に倒れ込むのを防ぐフィーナ。
焦ったマサトがフィーナの側へと駆けよる。
『悪い――。何度も考えている風景だったから、思い出そうとした時、出てしまったみたいだ』
『大丈夫か』と体調を伺う自身の伴魂を、フィーナは全身が気だるさに包まれるのを感じつつ、ゆるりとマサトに目を向けた。
全身、冷や汗で濡れている。
実際体験していないとはいえ、体験した者の感覚を再現されて、フィーナは全身の強張りと、傷のない全身の痛みを感じていた。
――おそらく。
あれが、マサトの異世界での最後の記憶なのだろう。
話を聞いた当初は「転生」の意味も「異世界」の存在も理解できなかったフィーナだったが、一万の言葉で説明されるより、短い情景でマサトの言葉を理解した。
閉じた瞼の裏に広がった情景は、想像にしては色彩豊かで、臨場感に溢れていた。細部もしっかりと形を成していた。
視線の先に登場した人々も然り。
十人十色の人々は想像で得たものとは、到底思えなかった。
見姿も、交わされるやりとりも。
フィーナは、全身を包む気だるさと、最後に伴魂が見た風景に意識を奪われていた。
熱に浮かされる心地で、マサトに目をやる。
心配そうに、自分を見る伴魂。
(私の、伴魂――)
魂の伴侶。
伴魂は人でないはずなのだが――。
見えた景色は、人として過ごした情景だと思えた。
意識下で流れた風景を――全身を襲った衝撃の後、微かに聞こえた言葉を、フィーナは自分でも気付かないうちに呟いていた。
「――おにい、ちゃん……?」
(――お兄ちゃんっ!)
薄れゆく意識の中、泣き叫ぶ声が聞こえていた。
(しっかりして――目を開けて――やだ――お兄ちゃん、死んじゃヤダ……!)
朦朧としながら、微かに聞こえた声に、マサトは安堵していた……。
意識下で流れた情景から聞こえた声。
声は、サンドイッチをほおばった、黒髪の女性を思い起こさせた。
――彼女が、マサトの妹なのだろう。
フィーナの呟きを聞いて、マサトは驚きに目を見張った。
フィーナが伴魂に向ける言葉とは思えないし、状況的に意識下に送った情景が影響しているのだろうと思える。
なぜ、と思いつつ、うわごとのように、声が漏れていた。
『……聞こえた、のか……?』
マサトの問いに、フィーナはゆっくりと頷いた。
先ほどの、情景の中で。
端的な記憶の中で。
何度思い返しても――安否の確認を取りたいと、切実に願いつつ、何度も思い返した記憶の中に。
切望し続けた答えを、今、この時得られたのだ。
車に轢かれそうになったのは妹で、それを自分が――マサトが反射的に庇って。
助けられたのか、間に合わず、共に怪我を負ったのか――致命傷だったのか。
ずっと気になっていた。
過去の記憶を有していても、異なる世界から確認する術もなく、手掛かりは自分の最後の記憶だけ。
フィーナが声を聞いたのなら、助かったと言うことだろう。
『……そうか……よかった……』
積年の願いがかなったマサトは、感慨深く息をついた。
マサトの異世界での過去です。
この辺りは連載当初から考えてました。
(どう明かすかは決めていませんでしたが)
これから話が急展開していきます。
伏線回収、始まりです。