14.戒めの輪【購入編:前編】
馬車に乗り込んでから……いや、その前から気になっていた。
セスはリーサスと並んで座り、アルフィードは二人と向かい合って座っていた。
リーサスがちらちらとアルフィードを窺っていた。
アルフィードも気になって「どうかしましたか」と声をかけた。
「兄上から聞いていましたが、お綺麗な伴魂ですね」
アルフィードの肩にはオレンジ色の小鳥が止まっている。
アルフィードの伴魂だ。
色鮮やかな羽は光の具合で赤みが強く見えたり、黄色が強く見えたりと色を変じる。
アルフィードの伴魂は人目をひくので、必要以外は距離をとるようにしている。
伴魂は一種のステータスだ。
見目のいい伴魂は、高貴な身分の方々に好まれる傾向にあった。
貴族でないアルフィードの伴魂だと知れると、いらぬ火種となりかねない。
いつもは人目につかないようにしているのだが、今回はディルクの進言で、側につかせていた。
アルフィードの伴魂だと一見してわかるようにと、ディルクから言われている。
今、向かっている店の店主が「本当の買主でない」と見抜いたのは、伴魂で判断したのだろうと言っていた。
市井の民に、伴魂を戒める道具は必要ない。
必要とするなら貴族階級の人間だ。
能力の高い伴魂を、安全な形で取得したい。
制御が必要な伴魂を保有した者が欲しがる代物だと。
買い取ろうとした店主は、そうした様子が見えなかったので、仲介役と見破られたと、ディルクは予想していた。
リーサスに言われて、アルフィードは自身の伴魂に視線を向ける。
伴魂は人の会話を概要で把握しているので「褒められた」と、嬉々とした感情が意識下に流れてくる。
いつになく機嫌がいい。
「そんなにおっしゃるのなら、触ってもよろしくてよ。
艶やかな羽を撫でてもよろしくてよ」
と言わんばかりの感情も伝わってきて、アルフィードも驚いた。
伴魂は魂の伴侶である。
主もだが伴魂自身、主以外からの人の接触を警戒する傾向にある。
特に簡単に握りつぶせてしまう小型の伴魂に見られる傾向だった。
他者から危害を警戒してのことだ。
(触らせてもいいの?)
と、意識下で伴魂に尋ねたアルフィードに、小鳥はご機嫌な鳴き声で応じた。
小鳥のさえずりを耳にしたリーサスとセスは、感嘆の吐息を漏らす。
「何と美しい……」
呆ける二人にさらに機嫌を良くした小鳥は「撫でて良し」にセスも含めた。
「触ってみますか?」
二人に窺うと、二人とも顔を輝かせたが、そこは貴族の称号を持つ家の者達だ。
わきまえて「いえ、それは」と遠慮した。
「何よ、触りたくないの?
こんな機会、もうないかもよ?」
との伴魂の思考が流れてきて、アルフィードは伴魂の意思を二人に伝えた。
二人は「伴魂自身が許してくれるなら」と、アルフィードから伴魂を受け取ると、それぞれ小鳥を堪能していた。
リーサスとセスの、素直な称賛が伝わるのだろう。
小鳥は終始、上機嫌だった。
そうこうしているうち、アルフィードが所望する道具がある店付近に到着した。
店は馬車の入れない道にある。
近くに馬車を止めて、あとはリーサスに案内を頼んだ。
アルフィードはセスの手を握り締めて、にっこりと笑うと「一緒に行きましょう」と告げる。
セスの方向音痴を知っているオリビアから提案された対処法であり、セスも自覚があるので、アルフィードの提言に素直に従った。
リーサスに案内されるまま進んだ先には、古びた看板を掲げた、同じ年季を感じる店装の店に到達した。
扉を開いて店内に入ると、ディルクが案内してくれた店とは違い「訳ありの店」の様相が漂っていた。
店内は薄暗く、焦げたような饐えたような、香りが漂っている。
先んじて歩くセスとリーサスに続いて、店主と思しき人物が座っているカウンターに向かった。
先日窺った、ディルクの知り合いの店から、今日訪問するとの話は伝わっているらしい。
その伝達をするリーサスの言葉を聞いて、店主と思しき人物は、つと、アルフィードに目を向けた。
カウンターに面しつつ、合わせた高さの椅子に腰をおろしている。
右手には煙草を吸う、尺の長いキセルを手にしていた。
いかつい風体、粗暴を思わせる風貌だった。
村の商店よりは大きく、先日、ディルクが案内してくれた店よりは見劣りする、物に溢れる雑多な店内をぐるりと見渡す。
キセルからたゆたう煙は、店内に充満してる霞がかった情景を揶揄する。
けぶった景色は店主の意向なのだろうか。
「譲ちゃんが欲しいのかい?」
低い声に問われて、アルフィードは頷いた。
店主はアルフィードを――肩に止まる伴魂を見て「ほう」と感嘆の息をついたものの、眉を寄せる。
「道具など、必要ないようだが」
店主の声に、セスとリーサスがアルフィードに目を向けた。
セスはフィーナの事情を知っているが、リーサスは知らない。
アルフィードの伴魂を目にして舞い上がっていたので考えつきもしなかったようだが……店主の言葉にはた、と思い至る。
アルフィードは肩から斜めがけしているバックの紐をきつく握り締めた。
そうして自身を奮い立たせて、店主を真っ向から見据える。
「必要な者もいるのです」
必要なのは自分ではないと匂わせると、店主はさらに眉を寄せた。
訝りを感じたアルフィードは状況を伝えた。
……長く伴魂を取得できず、ようやく取得できたが、魔力差の懸念がある。できればしばらく様子をみたい。
――その相手が妹、フィーナであることは、リーサスの手前、伏せて話した。
リーサスは「そのようなこともあるのか」と納得していたが、店主は「ふん」と鼻で笑った。
「うまくいかなけりゃ、解除して次を捜せばいいだろ?
嫌がる伴魂を無理やり繋ぎとめるなんざ……貴族様の見栄に付き合わされる伴魂も、たまったもんじゃないな。
主もいずれ自分の体がきつくなるだろうに。
……まぁ、それはそれで自業自得だろうが」
嘲笑をにじませる店主に、アルフィードの沸点は瞬間的に限度を超えた。
怒りで我を忘れる――それに近い状況下にありながら、冷静な部分も残っていた。
(何も知らないのに)
伴魂を取得できずに、表だって口にしなかったものの、人知れず悩んでいたフィーナ。
取得できたものの、過ぎた伴魂に解除の方法もわからず、身体の不安を抱えている。
問題を抱えつつ、どうにかしようとしているのに。
伴魂は魂の伴侶だ。
簡単に鞍がえすればいいなど……こちらの状況を何も知らない輩にとやかく言われたくない!
周囲が、特にセスとリーサス、伴魂の小鳥も「落ち着いて」とアルフィードをたしなめようとしている様子を視界の隅で確認しながら、透明な壁を通した別世界の出来事のように感じていた。
「商品を見せてください」
威圧されたように目を見張る店主に、アルフィードは告げる。
店主は気圧されながらも意地があったのだろう、「売主からの条件がある。
それに見合うか見極めた後でないと売買交渉に移れない」と言いだした。
怒りに上乗せして、アルフィードの不機嫌が加算する。眉をひそめたアルフィードは店主に「私は」と切り出した。
「先ほどお話しした内容は、道具が欲しい理由です。
……できれば、話したくはありませんでした。
通常、物の売り買いするなかで『物を必要とする理由』を言って、納得されなければ『商品を売れない』など、取り決めはあるのですか?
条件があったのなら、最初に話すべきです。
言っていなかったのは、そちらの不手際でしょう?
私は話しています。
そちらも相応の誠意を見せるのが筋ではありませんか?」
ああああ~~……。一話で終わらなかった……。
下書きは書き終えたのですが、長いので、前中後の三部に分けます……。
みんな勝手に動きすぎ……。
一番はアルフィードの伴魂だけれど。
あれ? こういう性格だったっけ?
書きあげているので、短時間内には更新できると思います。
校正にちょっと時間かかるかも。ですが。




