2.カイルの鍛練 2
フィーナは自身の伴魂を膝に抱いて、椅子に腰を降ろしていた。
隣にはダードリアが座っている。
ダードリアは白い伴魂を気にしながら、フィーナに話しかけた。
「あなたも……こういう鍛練してたの?」
「え? ……はい」
「他には?」
「えーと……基本は同じことを繰り返しです」
「そう。……点火百回も……?」
「私は点火は家の手伝いで使ってたので、点火ではなかったですけど、他のではそうですね。
百はざらです」
「そう」
ダードリアはフィーナの話を聞いて、彼女の能力に納得した。
フィーナ自身は決して特異な能力を有しているわけではないのだ。
地道な鍛錬によって、今の実力となっている。特筆すべきは彼女の伴魂なのだ。
伴魂の指導によって、同年代の中では抜きんでた能力を持つに至っている。
そうなった経緯も知っているので、いたしかたない事情だったと理解しているのだが――本来、そこまで鍛練する必要はない。
やがてカイルは点火百回を成し遂げたが、成し遂げると同時に、カイルの伴魂ともども、疲労困憊となってその場に倒れ込んだ。
アレックスとレオロードが、焦って駆けよるが、カイルは「疲れただけ」と、しばらくその場で体を休めると告げる。
護衛騎士二人は、カイルの体調を気にしながら、使用した道具を片付けている。
地に突っ伏すカイルの側にいったフィーナは、側に座り込んで、小さく息をついた。
「……だから言ったのに」
カイルを覗きこんで、そう呟いた。
「大変でしょ?」
「……そうだな」
返事をしながら、カイルは仰向けに寝転がった。
今は立ち上がるのさえ億劫でならない。
だからと言って、アレックスやレオロードに抱えられるのも、支えられて歩くのも、フィーナの前では避けたかった。
フィーナも同等のことをやり遂げてきたとわかっているから。
『初めてにしては、よくやったほうだよ』
点火百回と言うが、火が付かなかった分を考えると、それ以上行ったはずだ。
火が付かなくとも、魔力を使用したのに変わりないのだ。
カイルの疲労も、当然のことだった。
疲労困憊しているカイルを見て、フィーナは「ねぇ」と不思議そうに尋ねた。
「どうして前詞唱えるの?」
「……何?」
「面倒じゃない? いちいち唱えるの」
「呪文だけで成せないから仕方ないだろ」
フィーナと違うのだと苦い思いを胸に抱いて告げると、フィーナはけろりと言い放った。
「試しもしないのに、出来るわけないでしょ」
「……お前なぁ」
そのころには幾分、疲労も回復してきて、上半身を起こして座るくらいはできるようになっていた。
膝を屈して座っているフィーナと同じ目線で座ったカイルは、頬杖をつくフィーナを軽く睨んだ。
「やり方わからないからできないんだよ」
告げたカイルの視線を受けて、フィーナはしばし、口をつぐんだ。
そうした後に出てきた言葉は、脈絡のないものだった。
「……カイルって真面目で馬鹿正直だよね」
「何だと?」
褒めているのかけなしているのか。
どちらにしても、いい意味に取れなかったカイルは眉をひそめた。
「もう少し、楽しようって考えた方がいいよ。
手を抜くって意味じゃなくてさ。
無駄を省くこと、考えた方がいいよ。
点火だって、あれだけ何度も唱えたんだから、自分の中でのイメージはできてるはずなの。
前詞って、結局、呪文を成させるためのイメージ付けをするためのものなんだから。
イメージがしっかり出来てれば、前詞必要ないの。
前詞って唱えることによって、魔法が成る形までを想像するものだから。
呪文だけでできるかどうかって、試してみないとわかんないでしょ。
反復練習するのって、イメージを植え付けるためでもあるからね。
呪文だけでできるようになれば、負担も軽くなるよ。
前詞にも魔力使うから。
効率的に行こうよ」
へらりと笑って告げるフィーナを見て、カイルは自分の手を見下ろした。
ランプを片づけているアレックスに声をかけて、彼が手にしているランプに目を向ける。
「……点火」
身の内の魔力を炎に変じるイメージは、繰り返し行った作業で、深く、明確に想像できていた。
そのイメージを前詞を経ることなく用いて、呪文に込める。
振り返ったアレックスの手元のランプに、炎がともった。
驚くアレックス、「ほらっ!」と、にっと微笑むフィーナ。
「やればできるじゃない」
嬉しそうに微笑むフィーナを見て、カイルは「……そうだな」と返事をしようとしつつ、できないまま意識を失った。
フィーナの笑みを見て、どこか安堵して――。
フィーナの肩に寄りかかるように、倒れたのだった。