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猫と月の夜想曲~猫に転生した異世界転生者は脇役です~  作者: 高月 すい
第三章 アールストーン校外学習
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54.校外学習二日目【ディルクの思慕 4】


「あなたに、何の得があるの……」


 命をかけて護ることを相手に了承させるために、本意でない罪を犯した。


 ディルクとしては、オリビアへの密かな想いはあったのだが、明かすつもりはなかったのだ。


 それなのにオリビアの行為が、結果としてディルクに行為に及ばせている。


 そうした行為に及ばせたのも自分なのだと、オリビアはほぞをかんだ。


 理解できないといった様相で告げるオリビアに、ディルクは静かにつぶやいた。


「それ相応の対価は頂きました」


 命の対価。


 それは本来なら、触れることも敵わなかったはずの女性への口付け――。


「――もういいから。下がりなさい」


 視線を落として、ディルクと目が合わないようにして、オリビアは告げる。


 オリビアの言葉に従って、ディルクは馬車内を後にした。


 馬車内から出た、中へ続く踏み台を降りたところで、アルフィードをオリビアと同じように横抱きにして控えていたシンと目が合った。


 シンは何かしらを察しているようで、ディルクに非難がましい視線を送っている。


 そのシンに体を預けているアルフィードは、魔力の使い過ぎで体が思うように動かないとのことだった。


 シンに抱きあげられ続けるのも落ち着かないので、速く馬車に入るよう促していたのだがシンが馬車の外で足を止めていたらしい。


 アルフィードはシンとは異なり、馬車内の異変に気付いておらず「馬車内の人が多くなると身動きがとりにくいから、ディルクが出て来るまで待った方がいい」との提言を素直に受けとめて待っていた。


 オリビアとのやり取りに邪魔が入らなかったのは、何かしらの異変に気付いて、馬車内に近寄らないようにシンがしていたからだと、その時になってディルクは理解した。理解すれば理解したで、ディルクも心穏やかではいられなかった。


 素性の知れないシンを警戒するアルフィード同様、ディルクも「馬が合わない」シンを快く思っていなかった。


 シンとしても自分に対する嫌悪感、オリビアに対する恋慕に関して、ディルクの気持ちに気付いていた。


 男女の機微に疎いアルフィードと違い、ディルクが馬車内でどうした行為を成したのか、シンは勘付いていたようだった。


 察していたが、手放しに同意することはできなかった。


 シンは馬車内から出てきたディルクに、げんなりとした表情を見せつつ、当たり障りなくオリビアの体調を尋ねた。


「足は痛むようだが、他は変わりない」


「変わりないって……」


 呆れた表情を見せるシンを、ディルクは一蹴する。


「他に何かあるか?」


 底冷えする笑顔で「詮索拒否」を前面に押し出すディルクに、シンもそれ以上、詮索することも苦言を呈することも諦めた。


 ただ一言。


「……あまり追い詰めるなよ」


 馬車内に入ろうとするシンとアルフィード、馬車内から出て、踏み台を降りたディルク。


 すれ違いざま、シンはそう呟いた。


 振り向くディルクに気付いていたが、シンは振り返ることなく、馬車内へとはいっていく。


 言葉は誰に向けられたものなのか。


 ディルクなのか。


 オリビアなのか。


 シンとしては二人に宛てた言葉だった。


 ディルクにはオリビアを追い詰めないように。


 そして――ディルクに対しても、オリビアに対する想いによって、ディルク自身を追い詰めないように。


 シンは疲労と倦怠感で四肢を動かせないアルフィードを、オリビアに請われるまま、彼女の傍らに座らせると早々にその場を後にした。


 シンが馬車内から出たのを見て、アルフィードは傍らのオリビアに大丈夫かと声をかけた。


「痛みは?」


 くじいた足は大丈夫なのかと尋ねた。


 本当は自分の眼で見て確かめたかったのだが魔力の使い過ぎで、体が上手く動かない。


 ひどい倦怠感が体中を包んでいて、腕を上げるのも、指一本動かすのも困難だった。


 アルフィードの言葉に、オリビアは俯いたままフルフルと頭を振った。


 アルフィードが馬車内に入ってから――入る前からオリビアは顔を伏せて、それは今も続いていた。


 ずっと俯いているオリビアに、さすがにアルフィードも異変を感じた。


「どうかしたの?」


 本当なら顔を覗きこんで様子を伺いたいのだが、今はどうしても体が動かせない。


 尋ねるアルフィードの目の前で、ふらりとオリビアの頭が揺れた。


 倒れる。


 支えようと思っても、体が動かず、できない。


 焦っていたアルフィードだったが、オリビアは倒れるわけではなく、傍らにいたアルフィードに、うつむいたまま抱きついていた。


 アルフィードの腰に腕を回され、胸元に頭を突っ伏して。


 そうした行為をとるオリビアに、アルフィードも困惑した。


 これまで、必要以外に体を密接する状況にはならなかったからだ。


「どうしたの。何かあったの?」


 尋ねるアルフィードに、オリビアは俯いたまま――アルフィードの胸元に頭を預けたまま、ゆるく横に振る。


 横に振りながらも、アルフィードを抱きしめる腕は、徐々に力が込められていた。


「……リヴィ?」


 オリビアの愛称を呼んでも、無言でアルフィードを抱きしめる状況に変わりはなかった。


 そうしてシンが馬車内から出るとほどなく、馬車は動き始め、やがて貴院生の休憩所に到達したのであった。




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