53.校外学習二日目【ディルクの思慕 3】
恥ずかしさで俯いていた姿とはうって変わって、強い意志が瞳に宿っている。
「私の為に命を落とすなんて、そんなの絶対許さない。
そんなことになったら、誰が許しても、私が私を許さないから」
オリビアの真っすぐな眼差しを受けて、ディルクは表情を緩めた。
――命の重さに変わりはない。
騎士団を統率するオリビアが、自分の騎士団に就任した新人騎士に、挨拶と共に最初に告げる言葉だった。
王族、貴族、平民。
人が人としてあり得る中で、価値の違いなどないのだから、能力以上の無理をしないようにとの言葉だった。
オリビア自身がそうした理念を持っているのだと知らしめていた。
現実ではオリビアの理念は通用しない部分も多々ある。
けれどオリビアは自身の騎士団の中では、真摯に使えてくれる騎士には、その理念を貫いてきた。
オリビアの、これまでと変わらぬ思いを聞いて、ディルクはどこかつらそうに――悲しげな表情で眉を寄せ、微笑を浮かべた。
「――気に病む必要はありませんよ。
手討ちにされてもおかしくない罪人なのですから」
「――罪人?」
オリビアはディルクの言葉に眉をひそめた。
話の流れから、ディルクが自分のことを言っているのだろうが、いつ、命を取られるほどの罪を犯したというのか――。
不思議に思って思慮を巡らしているオリビアに、ディルクは更に距離を詰めた。
「ディ――」
驚いて、ディルクの名を告げようとした声は、唇をディルクに塞がれて、最後まで声にならない。
オリビアは反射的に目を閉じて、唇も硬く引き結んだ。
ディルクは座席についていた腕をオリビアの背後に回して、きつく抱きしめている。
逃れようとオリビアが腕で押しても、ディルクの力には敵わなかった。
柔らかなディルクの唇の感触と、間近で感じる彼の体温、密接する身体を感じて、オリビアは眩暈を覚える熱を感じた。
ついばむ口付けを数度繰り返され、途中、息苦しさを覚えて顔を背けて口を開く。
そうしたところを再びディルクに深く口づけられる。
「……っ、んっ……!」
息苦しさ、紅潮する頬。
恥ずかしさとディルクの想いの強さを感じて、体が熱を帯びてくらりと眩暈を覚える。
体の奥底に感じる熱を、オリビアは持てあましていた。
ディルクが長い口付けを解いた時には、オリビアは体の力が抜けていた。
敵わない抵抗に力を使い果たし――ディルクが与えた甘い熱に浮かされていた。
側にいたディルクの肩に頭を預けて、甘い熱に浮かされてぼんやりとする意識のまま、吐息をもらしてしまう。
背に回された手は、体を預けるオリビアをいたわるように、なだめるように、あやすように、優しげに撫でていた。
「――訴えてもかまいませんよ」
静かな声音で告げるディルクの言葉を耳元で聞きながら、オリビアは「何のことだろう」とぼんやりする意識の中、考えていた。
訴える……何を……?
「それとも、この場で手討ちなさいますか?」
ディルクの声は静かだった。
あくまでも静やかだった。
オリビアは冷水を浴びたように、浮かされた熱がひいていった。
「個人的には、身を守る盾として気兼ねなく使い続けることをお勧めしますが。
どちらにせよ潰える命なら、罪を裁かれて落とす命なら、そちらの方が余程役にたつでしょう?」
「だから……わざと……?」
オリビアを護る盾となる。
それをオリビアが気兼ねなく受け入れられるようにと、便宜的に起こした行為なのかと尋ねると、すぐさま否定された。
「そう思われますか?」
ディルクはオリビアを座席の背もたれに寄りかからせると、片膝をついた姿で、最上級の挨拶を送った。
そうしてオリビアの手を取る。
「何があっても、あなたを護ります。
ですからどうか、あなたの側に居させてください。
無下に遠ざけないでください。
側に居るかぎり、命に代えてもあなたを護ると誓います」
告げて、ディルクはオリビアの手の甲に口付けを落とした。
手の甲に感じた柔らかな熱を感じて、オリビアは小さく息をのむ。
命に代えてなど。
そう非難しようにも、ディルクの行為があってからでは、何も言えない。
――罪にはそれ相応の罰を。
それはオリビアの理念の一つでもあった。
潔癖だと評されるオリビアの、周囲だけでなく自身も律するための信念でもあった。




