51.校外学習二日目【ディルクの思慕】
温和で、時折おどけた態度をとる彼の、初めて目にする表情と眼差しに、オリビアは思わず視線を逸らす。
(――違う……)
初めてではない。気付かなかったわけではない。
時折、向けられるディルクの熱を帯びた眼差しを、オリビアは目にしていた。
気付かないふりをしていた。
気のせいだと、思いこもうとしていた。
その眼差しが意味するところを。
その表情が意味することから、ずっと目を逸らしていた。
「……ごめんなさい」
オリビアは高鳴り続ける鼓動を感じながら、そう告げるのが精いっぱいだった。
鼓動を落ち着かせようと平静を装いつつ、我知らず、ディルクの袖を掴んでいた。
掴んだあと、ハッとしてすぐに手を離した。
オリビアはなぜか……そうしてはならない気がしたのだ。
馬車に到着すると、オリビアを椅子に座らせるためにディルクも一度、馬車内にあがった。
オリビアを座席に降ろすと――ディルクはその動きの流れで、片膝をつき、正面からオリビアを両腕で挟む体勢で、座席に両手をついた。
「――ディルク?」
間近な位置から離れようとしないディルクに、オリビアがどうしたのかと小声で声をかける。
不安に顔を陰らすオリビアに、ディルクは囁いた。
「――お慕いしております」
オリビアは小さく体を震わせた。
反射的に何か話そうと口を開くのだが、声が出てこない。
幾度か口を開いて空ぶかせた後、オリビアは何かを決めたような表情を見せて、にっこりとほほ笑んだ。
「知ってるわ。
いつも言っているじゃない。
……出来の悪い上司でごめんなさいね。
もっとあなたの忠告に耳を傾けるべきだった。
感情に走りすぎてしまったわ」
ディルクの思いは、オリビアを司える主に向けたものだとの返事に持っていく。
オリビアとしては遠回しながら諭したつもりだった。
王族であるオリビアに、軽々しく告げていい言葉ではないのだと、踏みとどまってほしかった。
……同時に、これまでの関係であれるよう、流してほしかった。
そうしてオリビアが道を示したのに、ディルクはそれに従わなかった。
「そうではないと――私の気持ちにはお気づきでしょう?」
無理に笑顔を張り付けているオリビアを、まっすぐに見つめるディルクの眼差しは、変わらず熱を帯びている。
「もっとわかりやすい言葉にしましょうか?」
間近で囁かれる声に、ぞわりと首筋が総毛立つ。
「待――」
待って。
そうオリビアが告げるより先に、ディルクは口を開いていた。
「身分など関係ない、同等の立場であったら、あなたを抱きしめたかった。
無事であったのだと――確信を持ちたかった。
今もそう思っています。
オリビア様を人としても尊敬しています。あなたの信念、行動。尊いものだと思っています。
けれどそれだけでなく、あなたが好きなのです。愛おしくてならない」
囁く声は低く、かすれを帯びていた。
体の両側をディルクの腕に挟まれているオリビアは、間近でディルクの体温を感じながら、俯いて両の瞼をきつく閉じて、座席に置いている両の手の拳を握りしめた。
――――っ!!
(声なくガッツポーズ)
やっと恋愛風味突入です。
主人公ではないのですが。
当初考えていた展開とは異なりますが、結果的に風味が増したので、結果オーライ。ということで。
恋愛風味。
もう少し続きます~。(悦)




