49.校外学習二日目【ディルク】
危機は脱したと、シンは息をついて緊張を解いたのだが――背後からの気配に首元がざわりと粟立つ感覚を覚えて、反射的に振り返る。
振り返りざま、同じく反射的に剣を握りしめて構えたところで、日の光を反射させた鋭い一閃が、シンに見舞われた。
ギン、と鈍い金音を聞きながら、歯を食いしばって、両手で握り締めた剣に力を込める。
そうしながら、剣を向けた相手――怒りと殺気をみなぎらせたディルクが、合わせた刀身に力を込めて、ギリギリと力押ししてくる。
「お前……っ! 何考えてんだ!?」
「あなたこそ、何を考えているんです?
それはオリビア様の剣でしょう?
あなたが手にしていい代物だとお思いですか?」
その一言で、シンはディルクの怒りの理由を悟った。
(「オリビア様至上主義」……!)
普段、苦笑を浮かべるディルクの素地が、こんなところで自分に敵意を向けられるとは。
「あいつに対抗するためには必要だったんだ!
こっちは丸腰だったし!」
「奇妙な武芸でしのげたのでは?」
「うっわ、人の技を奇妙とか言うかよ、性格悪いな!
体術得意でも、通じない相手もいるんだよ!
今回がそれだったの!」
「おかしなことを。
大した剣の腕も持っていないでしょうに」
「マジ性格悪いな!
その大したことない腕でも、やらなきゃしのげなかったんだよ!
お前の大事なオリビア様を護るためにな!」
「そうよディルク!
剣を降ろしなさい!」
同所属の騎士の争いを諌めようと、オリビアが声を上げた。
周囲の騎士は、二人の争いを呆気にとられて見ていた。
シンの存在は他の騎士団にはあまり知られていない上、私服姿なので、どういった素性の者か、どう対応すればいいのか、戸惑いを滲ませている。
騎士の面々は困惑しつつ、ディルクとシンの争いを遠巻きに眺めていた。
オリビアの声を聞いても、ディルクは剣をおさめようとしない。
本気で向かっているとわかるから、シンも剣を降ろせなかった。
「王女様に返せばいいんだろ!?
返すから剣を引けよ!
身動きとれないんだよ、こっちは!」
ディルクは渋面の色を深めつつ、つばぜり合いする力を徐々に緩めて、最後にはシンと突き合わせていた剣を鞘に収めた。
ディルクが剣を鞘にしまったのを確認して、シンは息をつくとオリビアに剣を返す。
シンはディルクの剣の腕とその能力を認めているものの、時折見せるこうした行動が苦手だった。
シンに返された剣を鞘におさめながら、オリビアはオリビアでディルクをそろりと見上げた。
「オリビアの護衛が少ない」と苦言を呈したディルクの言葉を無視し、厄介払いをしたが上での、オーロッドの襲撃だ。
「それ見たことか」と皮肉を言われても仕方ない。
ディルクは温和な性格だ。
自分の興味のある事柄には周囲が見えなくなり、相手の迷惑を考えない、ベルーニア家の血筋は受け継いでいるものの、声を荒げることはほぼなかった。
セクルト貴院生だった時は、ザイルを重用していた。
ザイルがフィーナの護衛としてドルジェに定住するようになって、ザイルの弟との流れで、ディルクを重用するようになった。
長年、ザイルと接していたので、ベルーニア家の少々変わった性格にも慣れていたので、ディルクの突飛な行動にも「またか」と慣れていた。
時折、奇行を見せるディルクだったが――激怒した彼を目にしたことはない。
ディルクの苦言を無下にし自分を悔みつつ――恐ろしいのとバツの悪い思いで、まともにディルクの顔を見ることができなかった。




