40.校外学習二日目【カイルの想い、フィーナの想い】
「『なっ……!』」
カイル当人と白い伴魂が目を白黒させる。
「何をするっ!」
叫ぶカイルにかまわず、フィーナはつまむ両頬から手を離さなかった。
「バカなこと言うからよ」
「バ、バカなこと!?」
両頬をつまんでいても、添える程度の軽いものなので、カイルも会話が可能だ。
思いのほか近距離にいるフィーナに「顔が近いっ!」と焦って告げるが、フィーナは手を離さなかった。
「庇うなとか、無理なこと言うんだもん」
「無理かどうかの話じゃない、自分の身が危なかっただろ!?
現に今も体が痛んでるだろ!」
「そうだけど。それとこれとは話が別」
「何が別なんだ!」
「考える前に体が動いてたんだもの。庇うななんて無理」
「――っ! それで――っ!
こっちは息が止まる思いをしたんだっ!
俺の為に――俺のせいで傷つく姿など見たくない!」
悲痛に顔をゆがめるカイルの言葉に、フィーナもようやくカイルの心情を理解した。
理解はしたが。
「心配させてごめんね。でも、約束はできない」
小首を傾けて、フィーナはへらりと笑う。
カイルは悲痛の色を濃くした。
「フィーナ……」
「カイルが王族だから庇ったんじゃないよ?
カイルが「王族だから庇うな」って言うから「王族とか関係ないのに!」って、腹がたったんだけどね。
カイルが王族でも王族でなくても――カイルだったから、庇ってた。
私だって目の前で人が傷つくの、見たくないもの。考える前に体が動いちゃう。
だから――約束はできない。守れる自信ないもの。
それでも庇われたくないと思うのなら――そうだ!」
考えを巡らせて、いい事を思いついた! と顔を輝かせるフィーナは、勢いでカイルの両頬に力を入れてつまんでしまった。
「いたっ、痛い!」
離せと告げるカイルだが、フィーナの手を振り払うことに――他人に触れることに戸惑い、行動に移せずにいる。
そんなカイルの心情に構わず「いいこと思いついた!」とフィーナは嬉々としている。
「庇われるの嫌だったら、庇う私を庇えばいいじゃない!」
「――――――。
――――――。
――――――。
――――――なに?」
フィーナの提案に、その場の時が止まった。
言っている意味が、わからない。
わからないまま、フィーナの言った状況を想像してみる。
今回のニックの件に当てはめるとだ。
カイルが斬られそうになる → フィーナが前に出てカイルを庇う → そのフィーナをさらにカイルが前に出てフィーナを庇う……。
『……どんな茶番だよ……』
「…………あれ?」
げんなりと指摘を入れる白い伴魂に、自分で言ったことを想像しながら、フィーナは首を傾げた。
冗談ではなく、本気で思っていたらしい。
カイルは真面目に想像した状況が、白い伴魂の一言で実質無理であること、『茶番』の一言で、一瞬で道化じみた様相に転じてしまい、思わず吹き出してしまった。
「カイルまで笑う?」
自分の考えに自信を持っていたフィーナが「いい案だと思ったんだけど」と口を尖らせた。
笑いのツボに入ったカイルはひとしきり笑ったあと「そうだな」とつぶやいた。
自分を庇うフィーナを、さらに庇うのは無理でも。
自分の頬をつねるフィーナの両手に自身の両手を添えると、カイルは口を開いた。
「人に庇われなくともいいよう、鍛練すればいいんだ」
そう考えると、落ち込んでいた気持ちが、自然と晴れやかになる。
フィーナとの実力の差を見せつけられたが、追い付けないと決まったわけではない。
越えられないと決まったわけではない。
今すぐには無理でも、いずれは――いつかは。
悲痛の面持ちから一転、不敵な笑みを浮かべ、挑むように見つめるカイルの瞳に、フィーナは一瞬、見入ってしまった。
そうした後、カイルらしいなと、つられて笑みがこぼれる。
「そうこなくっちゃ」
カイルの言葉に自分への挑戦も含まれていると感じたフィーナは、にっと笑うと、つねっていた頬に力を込めて「うにっ」と横に引っ張った後、カイルの頬を解放した。




