36.校外学習二日目【攻防戦 2】
「……え?」
その姿に、フィーナは眉を寄せる。
氷槍がかすったのだろう。
体を屈するニックの顔の、頬から下半分が白く凍りついている。その鼻の下部から口にかけて、パキン、と、割れてぼろぼろと崩れた。
凍ったものが壊れるように剥がれ落ちたその皮膚の下には、人の口元が現れた。
フィーナもカイルも目の前で起きていることに、思考が付いていかない。
(――『マスクだ』)
「『マスク』……?」
意識下で聞こえた伴魂の呟きを、フィーナが聞き返す。
(――『お面みたいなものだ。顔を隠してたんだろ』)
「お面で顔を隠すって――」
フィーナと伴魂が意識下の話をしているとカイルも気付いたようで、フィーナの言葉に耳を傾けている。
フィーナは混乱していた。
今、どのような状況になっているのか、全くわからない。
(――『狙いは俺たちじゃないってことだ』)
「……だったら……?」
思い出されるのは、カイルに剣を抜いた姿。
「――久遠の闇 深淵の褥 紡いだ衣を我が身駆に」
ニックが唱える前詞に、フィーナは警戒した。
ニックが唱えた魔法は、フィーナも知っているものだった。効力も知っている。
完成すると厄介だと認識したフィーナは、反射的に叫んでいた。
「燃焼!」
魔法完成をさせじと呪文だけで発動する簡易な魔法を唱えて、ニックの足元に火炎を生じさせる。
気を殺いで、魔法完成を阻害させたかったのだが、ニックは足元に生じ、衣服に飛び火した火炎を打ち払いつつも魔法を完成させた。
「――幻惑なる夢法衣」
呪文と共に、ニックの姿が気配と共にかき消える。
突然、姿を消したニックに、フィーナは「ああ、もう!」と叫び、カイルは驚きの声をあげた。
「なんだあれは」と尋ねるカイルに「静かにっ!」と一喝して黙らせる。
「幻惑なる夢法衣」は「景惑なる闇衣」と似た作用のある魔法だった。
「景惑なる闇衣」は場所を移動できないが、作用範囲内なら何人でも入れて中で話ができるし、気配も消せる。
持続時間も一日と長かった。
一方「幻惑なる夢法衣」は、姿も気配も消せて、移動可能。
魔法は場所でなく人単位の効力なのだが、話し声、物音は筒抜け、継続時間も数分と短いものだった。
術にかかった者が何かしらに強く衝突したり、大きな動作をとると、効果は消える。
足音までは隠せないはずなので、フィーナは背後のカイル達をかばいつつ、聴力に神経を集中させていた。
ニックはそれなりの手練れなのだろう。
足音も、枯れ枝を踏んでしまう音も聞こえない。
気配も消えているので、静寂が周囲を包んでいた。
どれほどの時が流れただろうか。
短いような長いような――。
実際は数分程度と短い時間が過ぎた後、フィーナは微かながら枯葉を踏みしめる音を耳にした。
後方を――背後にいるカイルの先を見るが、何もない。
――が。
「! カイルっ!」
視界の隅に映ったわずかな光に、フィーナはとっさにカイルの前に庇い出た。
カイルのいたはずの場所――今はフィーナが居る地点に、剣が降り降ろされる。
同時に、剣を振るったニックの姿が揺らめいて現われた。
「っ! フィーナ!?」
叫ぶカイルの目の前で、フィーナに剣が降り降ろされた。
ザン、と鈍い音がカイルの耳に届く。
剣戟を受け、その場に崩れ落ち、両膝をついてうずくまるフィーナ。
カイルはフィーナの名を叫び呼んで、様子を確かめる。
血の気が引く思いを感じながら、同時にニックへのたぎる怒り、フィーナの生命を危ぶむ焦りが身の内でない交ぜとなって渦巻いている。
フィーナは痛みに顔をしかめていた。
「……いったぁ……」
カイルは切られた場所に目を向けて――。
「――硬盾……」
わずかな安堵と共に小さくつぶやいた。
フィーナの胸元から腹部にかけて、淡い光を放つ盾があった。
カイルには唱えた声が聞こえなかったが、ニックの剣が降り降ろされる前に、反射的に唱えていたのだろう。
盾と同様、物理的な攻撃は防いでくれるが、魔法は防げない。
攻撃は防いでくれても、それによって生じる衝撃までは防ぎきれなかった。
刃物での切りつけによる致命傷は防げても、棍棒で殴られた同等の打撃痛までは防ぎきれない。
苦悶の声を漏らし、呼吸も荒い。
痛みをこらえるフィーナを見て、命潰える恐れを抱いたカイルは、致命傷でないと知り、幾分の安堵を見せた。
魔法に関して。
訳あって使い分けてます。
詳しい事は後々わかっていく予定です。




