35.校外学習二日目【攻防】
カイルは第二王子だ。
そのカイルに剣を向ける。
その意味するところは――。
ざっと血の気が引いているフィーナの目の前で、ニックが小さく何かをつぶやく。
何と言ったのか聞こえず、眉をひそめたフィーナの目の前から、ニックの姿が消えた。
「え……!?」
驚くと同時に、伴魂の声が、フィーナの耳に届く。
『一つ! 汝が愛しむ者に加護を! 絢爛なる防壁を彼の者に!』
「堅強なる戦神の盾!」
聞こえた伴魂の言葉を継ぎ、反射的に叫んだフィーナの呪文で、カイルの目前に、身の丈ほどの白い光を放つ盾が出現した。
それとほぼ同時に、ガキ、と鈍い金属音が響く。
ニックがカイルを狙って振るった剣戟が、出現した光の盾に防がれる。
一閃を防がれたニックは舌打ちすると、後方に跳び下がった。
「な……っ!」
目の前で起こった事象に、カイルは呆然としている。
フィーナの伴魂は不可感知域を捨て、カイルの前に――ニックとカイルを隔てる位置に躍り出た。
フィーナも伴魂に続いて、傍らに並ぶ。
フィーナも伴魂の前詞につられて反射的に呪文を唱えたが、状況を理解できずにいた。
ニックはフィーナの伴魂を奪おうとしていると思っていたが。
フィーナへの脅しには恐怖心を感じなかったのに、カイルに向ける感情には、緊迫感を覚える。
カイルを王子と知りながら剣を向けた行為などからニックの真の目的を考えると、フィーナはぞっとした。
「フィーナっ!!」
茂みから出てきたフィーナに、カイルは安堵の表情を覗かせた。
無事なことを喜ぶ様相を見せながらも、現状を鑑みると手放しに喜べない。
フィーナと彼女の伴魂は、背後にカイルとその伴魂を庇いつつ、ニックに対して構えをとっている。
そうした動きを見て、カイルはフィーナに状況を小声で尋ねた。
「……わかんない。わかんないけど――」
ニックを注視して、一つの動きも見逃さないようにしながら、背後のカイルの問いに答える。
答えながら、フィーナは胸の内に言いようのない戸惑いを感じていた。
ニックがカイルとの距離を詰めた時――。
あの距離の詰め方が――。
(森での、あの人に似てた――)
ドルジェの森で遭遇した、得体の知れなかった男。
あの男も、気をつけていたというのに、急に目の前まで距離を詰めた。
その時に感じた雰囲気とニックが行った行為に似ているものを、フィーナは感じていた。
「護衛が手薄になればと思ってはいたが……」
つぶやくニックの声は、かろうじてフィーナの耳にも届いていた。
そう言ったかと思うと、ニックは剣を手にしている右手とは逆の左手で、自身の口を覆った。
唱える魔法を瞬時に判断させないようにしているのだと、伴魂の意識が、フィーナの意識下にも伝わった。
(――『二つ! 深淵に住まいし海原の王、汝が眠りに安寧を! 阻害する者に氷玲の戟形を!』)
「深間に抗いし神韻氷槍!」
伴魂の前詞を継いで、フィーナは反射的に呪文を唱えた。
腕を横薙いだ動きに伴って、無数の氷の槍が出現する。
それとほぼ同時に、複数の火の矢が出現、こちらに向かって飛翔した。
ニックが唱えたのだろう。
その火矢に、フィーナが唱えて出現した氷の槍が衝突する。
火と氷、衝突したそれらは爆発的な衝撃後、水蒸気となって霧散する。
数量的には氷槍が多量であった。
相殺しきった火矢に比べ、氷槍が多数残っている。
相殺しきれなっかた氷槍がニックへと襲いかかる。
地面へ突き刺さる音と、物体に衝突して霧散した氷の細粒、地面の土埃で、ニックの姿が見えなくなる。
「な……なんだ、あれはっ!」
二人のやり取りに、驚いたカイルがフィーナに問う。
ニックの言動にも驚いていたが、フィーナが操る魔法にも驚いてる。
「知らないわよっ!」
今はカイルと話している時間はない。
それより、ニックに注意を向けることに集中していた。
カイルと彼の伴魂に「側から離れないで」とニックを注視しながら、フィーナは自身の伴魂の様子も伺っていた。
白い伴魂はけぶる視界の先を睨みつけている。
フィーナはニックが退散していることを願っていたが、次第に開けてきた視界の先には、片膝をついて身をかがめるニックの姿があった。
魔法がいくつか出てきてます。
前詞唱える形式です。
戦う場面は書くのに時間がかかりました……。