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第八話 蠱毒の儀式

 時刻は正午、残念ながら、曇り空のため太陽の姿を拝むことはできなかったが、これから最後の試練を行うたので、むしろ曇り空の方が雰囲気が出ていた。


 集合場所は、集落中央の広場。この一年間、皆で笑顔を見せながら、食事をしていた場所だ。


 最後の試練の内容は、分からないが、あのヒガンが生易しい試練を与えるわけがない。そのため、皆、油断をしないように気を引き締めているのが見て取れる。


「いよいよだね、フライ」


「ああ、私達の復讐を果たすまで、後少しだ」


 この一年間で、特に仲良くなったエドガーの言葉に同意した。


 だが、そのような状況下でありながら、この試練さえ乗り越えれば、晴れて呪術師となり、あの憎きロッキード子爵に復讐をすることができるようになるだけに、私の心は少しだけ昂ぶっていた。


「昨日言ったように、皆、武器を持って来たわね」


 集合時刻を過ぎると、ヒガンが姿を現した。


 昨日、彼女に言われたように、皆それぞれ、剣、槍、短剣、投げナイフ、弓など、自分の得意な得物を持ってきていた。


 武器持参の時点で、第六の試練と同様に戦闘形式の試練であることに、皆、察しがついていた。


 反乱軍、山賊と手を掛けてきたので、最後は、帝国軍の基地にでも襲撃するのかというのが、昨晩、門徒達で話し合った中で最も多い意見だった。


 一体、今回は何百人の敵を倒せばいいのだろうかと、覚悟を決めるのか、ヒガンは一人につき一粒、黒い丸薬を手渡し、それをこの場で今すぐに飲めと指示を出す。


 これまでの試練でヒガンは、東方由来の丸薬を何度か渡してきて、そのほとんどが、一種の回復アイテムだったため、この場にいる門徒達全員が、一切の疑いもなく丸薬を口に入れた。


 そして、全員が丸薬を飲んだ所で、ヒガンは懐から、白い液体の入った小さな瓶を取り出す。


「今、あなた達の飲んだ黒い丸薬は、個人差はあるけど、大体、約一時間で飲んだ人間を死に至らしめる毒薬よ。そして、私が手に持つこの瓶はその解毒薬。ただし、これ一本、一人分しかないわ」


 ヒガンの言葉に、ざわりと、門徒達に衝撃が走った。だが、ヒガンは、いつものように、私達の身を一切気遣う素振りも見せずに、高圧的な態度で、最後の試練の開始を告げる。


「もし、この中の誰かが、私を狙った時点で、瓶を地面に叩きつけるわ。そうなった場合は、この場にいる全員が死ぬことになるわね。制限時間は、約一時間、クリア条件は、最後の一人が決まるまで! それでは最終試練、蠱毒の儀式をこれより開始する!!」


 その言葉と共に、ヒガンは、大地を蹴って、建物の上に乗って、屋根伝いに走り、どこかに消えてしまった。私を含めて、この場にいる門徒達も、今のような人間離れした動きはできるが、それでも、師であるヒガンに追いつくこはできない。


 あるいは、全員で協力し合えば、万に一の可能性で、もしかしたら、解毒薬を奪い去ることができたかもしれない。だけど、それでも、助かるの一人だけだ。


 そのため、試練の開始が宣言されたのに関わらず、いつものように、皆すぐに行動に移さない。広場は静寂が支配していた。




 私も含めて、恐らく、皆、まさか最後の試練が門徒同士の殺し合いだとは誰も想像できなかったようだ。


 呪術師になれる者はこの二十四人門徒の中でただ一人。それ以外の二十三人は、その一人の呪術師を生み出すための贄でしかなかったのだ。


 外道の身に堕ちてまで、ここまで頑張ってきたが、この試練を越えられなかった場合、復讐相手の顔すら拝むこともなく、その者の全てが無に帰すのだ。


 皆、この一年間、様々な経験をしている。この場にいる全員が私のように、速やかに試練の目的とそのために、何をすべきかは理解できているはずだ。


 だが、誰も動かない。


 全員の顔を見て、皆、戸惑いを感じているのが見て取れる。


 殺気すらも放たないし、凶器を持つ手が震えている者もいた。


 誰も行動しないまま時間だけが過ぎていき、広場に置かれた大時計の針が、十分間の時が過ぎた事を知らせた時、ようやく門徒の一人が声を上げた。


「み、みんな、落ち着いて聞いてくれ」


 今年で、四十になる門徒の中で最年長のモドルドさんだ。


 酒好きの気さくなおじさんだ。元々地方の役人だった彼は、上司である代替わりした若い貴族に疎まれて、職も家族も失い、長年住んでいた領を追われたが、元来そういう性格だったのだろう。


 修行や試練の時は人を寄せ付けない厳しい面を見せる彼だが、それ以外の時では、落ち込んでいる門徒を見つけるといつも優しく相談に乗ってくれ、心が折れそうになった私も、何度か彼に励ましてもらったことがある。


 門徒達の中にリーダーと呼べる役職はないが、誰か一人をリーダーにしろと言われたら、恐らく、皆、彼をリーダーに推薦するだろう。それくらいに彼は私達、門徒の中で精神的な支柱になっていた。


「みんな、すでに分かっているだろうが、導師様の言葉通りに、今から我々は殺し合いをしなければならない。でも、正直に言って、俺はお前達と殺し合いなどしたくない! だから、俺は誰も死なない方法を考えた」


 その言葉に嘘、偽りは感じなかった。


 他は知らないが、少なくとも私は、彼が本心から同じ釜の飯を食った仲間同士で殺し合いなどしたくはないと言っているのが分かった。


 勿論、ロッキード子爵への復讐は重要なことだ。でも、もはや大切な仲間となった彼らを殺すことは、私にはできなかった。


 それだけに、どうやって、皆が死なずに済むのか、彼の考えに非常に興味を惹かれた。いや、惹かれたと言うよりは、最後の希望とさえ思えた。


 しかし、私のように、モドルドさんの言葉に共感している者はあまり多くない。それどころか、モドルドさんが声を上げたことがきっかけか、何人かの門徒達は、いつ殺し合いを初めてもおかしくないような目をしている。


 故に、今の状況は不味いと感じたのか、モドルドさんは、なんと手に持っていた槍を捨てて、両手を広げた。


「俺は、誰も殺さない」


 モドルドさんは、自分の思いを皆に伝えると、いつものように気さくな笑顔を見せながら、殺し合いを回避するための考えを話し始めた。


「今から、全員で導師様を追いかけて捕らえよう。用意周到で、いまいち何を考えが読めない彼女のことだ。きっと、他にも解毒薬を隠し持ってい………」


 だが、彼の言葉を最後まで聞くことはできなかった。


「ガハッ!!」


 よく見ると、一本の槍が、彼の背後から彼の胸を貫いていた。


「ハァハァハァ、これで一人……」


 口から鮮血を吹き出すモドルドさんの背後には、震えながらも、引きつった笑みを浮かべる少女がいた。

 

 彼女の名前はロロア。幼い頃に、金に困った両親に奴隷として売られ、その後、買われた貴族の家で酷い虐待を受けた十五歳の少女だ。


 常日頃から、あいつらを地獄に落とすと、口にしていただけに、最年少である年齢も含めて、門徒達の中で一番精神的に弱いと思われていた娘が、皮肉にも、試練が開始の時点で、モドルドさんのすぐ近くにいたようで、モドルドさんが武器を捨てた好機を逃さずに、死角からの一撃でモドルドさんの心臓を穿った。


 モドルドさんは、背後から自分を刺したロロアの方を振り向くと、最後に、一言だけ呟き大量の血を流しながら地面に倒れた。


「エ、エミリア、キース……」


 モドルドさんが最後に口にしたその二人のことは、この場にいた全員が知っていた。


 それは、仇である貴族に殺されたモドルドさんの奥さんと息子の名前だ。


 


 無関係の反乱軍の兵士に手を掛け、道を見失いそうになっていた私を励ましてくれた恩人の死に、私は、心の名で冥福を祈ろうとする。


 しかし、モドルドさんが倒れたことによって引き起こされた状況は、それすら許してはくれなかった。


「「「うわあああああああああああああああーーーーーー!!!!!!!」」」


 皆の、いや、自分の心の支えを奪ったロロアに憎しみを抱いたのか、何人かの門徒達が、自分が手に持つ武器を振りかざし、ロロアの元へ駆けていき、彼女の体を串刺しにした。


 そして、モドルドさんを殺したように、ロロアもまた吐血し地に伏した。


 だが、モドルドさんの時とは違い、力尽きる間際に、彼女は、この場にいる全員に呪いを掛けた。


「やだよ、私、何も果たせなかった……あれだけ苦しい思いをしたのに無関係の人間しか殺せなかった。私の人生って一体何だったのよぉ……」


 ロロアは自らの命で、改めて私達に教えてくれた。


 この試練に敗れれば、ただ死ぬだけではないことを。


 長年溜めてきた憎悪は無に帰し、復讐相手は明日もヘラヘラと笑いながら楽しく生き続け、自分は敗北者として、この世に何一つ足跡を残せないままに、無念の内に消えていくことを。




「「「「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」


 ロロアが最後に残した呪いは強力であった。


 私も含め、堰を切ったように、生き残っている門徒達全員が、正気を捨てて、狂ったかのように、悲鳴を上げながら、それぞれが、近くにいる門徒達の命を奪いに行く。


 ここにいる全員が、一度は過去に大切なものを無くした者達だ。でも、この隠れ里で暮らす内に、失ったものを少しずつ取り戻し始めていた。だが、それを今、私達は自らの手で壊していく。


 激戦の最中、私は、一人の門徒を斬った。


 いつも何人かの門徒達とバカ騒ぎをしていたお調子者だった彼の事も私はよく知っていた。


 そして、物言わぬ死体となった彼を見て、彼の人生もまた無意味で無価値なものになってしまったのを感じた。


 でも、へこたれるわけにはいかない。ここで死ねば、ロッキード子爵への復讐を果たせない。カトリーナも領民達の無念を晴らせるかは私の命にかかっているのだ。


 もはや、なりふり構ってはいられない。私は、さきほどのモドルドさんのように隙を見せた門徒に狙いを定めて背後から奇襲を掛けた。






 里全体を一望できる山の上から、ヒガンは血に染まっていく里を見下ろしていた。狂気へと堕ちる彼らの悲鳴は彼女の耳にも届いたが、すでに同じ道を歩んだ彼女の顔には何一つ変化はなかった。


 そんな殺し合いの行く末を見守る彼女の元に一人の男が現れ、ヒガンは平伏する。


「これはこれは、外に出られるとは、大導師様」


 この三年間、里から少し離れた屋敷から一歩も外に出なかった男は、久方ぶりに言葉を発した。


「蠱毒の儀式を始めたか……我は貴様が寄越した情報しか知らないが、貴様は誰が生き残ると思う?」


 ヒガンは、大導師が自分以外の事にあまり興味を持たないことを知っていたため、少しだけ驚くが、すぐに己の予想を伝えた。


「はっ、私が見つけ導いてきた門徒達は、純粋な戦闘能力で言えば皆互角でしょう。しかし……」


 確かにヒガンの想像通り、とある男が平等の姿勢を最後まで貫くのであれば、門徒達の間にそこまで大きな戦闘能力の差はない。


 一対一でやりあれば、誰が誰に勝っても不思議ではない。


 なので、乱戦となっている今の状況を勝ち抜くには運が絡んでくると普通の人であれば答えるが、ヒガンは幸運なんてもので、乗り切れるとは露ほど思っていなかった。


「最後まで勝ち残るのは、やはり、エドガーでしょう。復讐者だらけのあの中でも、彼だけは生まれも、環境も他の者とは明らかに違います。エドガー・フォニア・ブーゲリア、ブーゲリア帝国元第三皇子。門徒達の中で彼だけが、国の頂点に立つ王の血を持ち、それ故に、自らの手で国を救わなければならないという他の門徒達にはない、強い使命感があります」


 王族の一人として、エドガーには、腐敗した帝国貴族を打破し、帝国を正しい方向に導くという理想があった。


 その事を唯一知っていたヒガンは、今日まで、門徒達を平等に扱ってきたものの、一番弟子でもあり、帝国を、世界をも変えるかもしれない彼に期待し、心のどこかで応援していた。


「それに、今までは封印しているようですが、彼には他の門徒達にはない切り札があります。もし、彼が封印を破れば、勝負は一瞬でつくでしょう」


 自慢げに、ヒガンがその言葉を発した、まさにその時、エドガーは今まで隠していた自分の力を解放させた。








 もう倒れた仲間達の事は考えないようにしていた。




 生き残っている門徒の数は十人ほど、戦いの終わりは近い。


 だけど、皆、疲れを一切見せていない。


 むしろ数が少なくなるにつれて集中力が高まっていくのだ。


 ここから先は、立ち回りが重要だが、やはり、最後に勝負を決めるのは運だろうと私は直感で感じていた。


 技量に差が出ない以上、同時に二人以上の人間から攻撃を受けた時点でその者は敗者となる。


(カトリーナ、みんな。私に君達の無念を晴らす力を与えてくれ)


 私は極限にまで意識を高めながらも、この場を勝ち残るために、過去に消えた自分の大切な者達に願ったが、勝利の女神は私に味方してはくれなかった。


「みんな、ごめん。本当は使いたくはなかった。だけど、僕には腐った帝国を変えるという使命がある。万に一つもこんな場所で死ぬわけにいかないんだ」


 いざ、最後の決戦という場面で、突然、おかしなことを言い出したエドガーに対し、私も他の門徒達も、隙を作るために小細工をしているのかとも思ったが、エドガーが見せた驚きの行動を見てそれが間違いだったとすぐに思い知ることになった。


「エ、エドガー、お前、それは……」


 誰かが驚きの声と共に、小さく呟くが私も同じ思いだった。


 何故なら、剣を握っていない方のエドガーの手から小さな火柱が噴き出していたからだ。そして、エドガーが無造作に手を振るうと、火は激しく燃え上がり、まるで巨大な大蛇の姿となった炎の塊は三人の門徒達を飲み込んだ。


「おま、そんなものを今まで隠してい……」


 次に、驚愕の表情と共に、今まで力を隠していたエドガーを問い詰めようと叫んだ門徒が炎の大蛇に食われた。


 大蛇の放つ炎が飛び火し、周囲の家々もまた同じように燃え上がっていく。


 その後、歴戦の戦士でもあった門徒達が嘘のように、逃げることも抗うことも最後の言葉を発する間もなくあっけなく大蛇に呑まれていく様を私は目撃し、やがて、生き残ったのは、私だけだと言うことを悟った。


「そ、その力は、魔術か? エドガー」


 今エドガーが見せている超常の力の正体に私は一つしか心当たりはなかった。もう勝利を確信したのか、それとも、最後に残した私に何か思うところがあったのか、一切の躊躇もなく仲間達を焼き払ったエドガーは、初めて己の力について語った。


「そうだよ。ずっと、隠していてごめんね。僕は生まれながら、火を生み出して操ることができた魔術師だったんだ。ついでに言うと僕はこの国の皇子でもある。だから、君達の無念は代わりに僕が引き継ぐ。僕自身の復讐を果たし、帝国を変えた後、君達の復讐は僕が成し遂げると約束する。だから、安心して逝ってくれ」



(何だよ、それ……魔術なんていう天から与えられた才能があるのに、こいつはまだ呪術という力を欲するのかよ)



 結局、何だかんだ言って、呪術師になれる者は最初から決まっていたのだ。


 未来はすでに決められていた。その事を知り、私はただただ悔しかった。


 目から出た涙が頬を流れるを感じた直後、灼熱の炎が私に襲い掛かった。


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