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第七話 外道への道

 二か月後、門徒達を導く使命を持つ私ヒガンは、最後の贄たる門徒・フライを牢屋から出してやった。


 里に来たときは、まだ少しだけ甘さが残っていたフライも、無事に最初の試練を乗り越えたおかげで、他の門徒達と同様に立派な復讐者の目をしている。


 それもそのはず、彼がこの二か月の間に行っていた修行は呪術を会得するための最初の修行、一の試練と呼ばれる物だ。


 正常な精神を狂わす特殊なお香の煙が漂う、狭い牢屋の中で長い時間、ただひたすらに己が憎むべき者の姿を描き続けさせることで、その者に平和に暮らしていた自分が、何故今こんな状況に置かれている理由を植え付ける。


 これにより、この先の試練でどれだけ厳しい試練が待ち受けていても、心の中に焼き付く己の憎悪する対象を思い出すことで、精神的な弱さを克服することが可能になる。


 まずは、修行に耐えうる精神を作る、それが一の試練なのだ。





「フヒヒヒヒッ」


 牢から出して共に次の修行の場へと移動している最中に、フライは何度も、手を震わせながら、虚ろな表情で薄気味悪い笑みを浮かべるが、私も含めて一の試練を乗り越えた直後は皆こうなる。時間が経つにつれ正常に戻っていくが、心の奥底に刻み込まれたその憎悪を忘れることなど永遠にできない。


 健全な一般人が見れば、気味が悪いと嫌悪するが、私を含めてこの里にいる全員がこの試練を体験済みなので、今の彼を見ても、嫌悪する者はいないだろう。


 私はフライを連れて、次の試練の場である里の北側の出入口へと向かった。




 その場所には、予め指示していたように、すでに残りの二十三名の門徒達がいた。


 彼らは明らかに様子がおかしいフライを見ても、表情一つ変えない。むしろ、ようこそと歓迎の眼差しさえ向けている者もいる。


「さて、昨日伝えたように、これより第二試練を始めるわ」


 私のその一言を聞き、フライから視線を私の方に切り替えて門徒達は皆、真剣な顔付きになる。最初の門徒であるエドガーがこの地にやってきて二年が経つが、この先の試練に進んだ者は一人もいないのだから当然か。


 この地に来た門徒には、まず一の試練を行い、その後は里の生活向上のための作業か、肉体面の修行のみを行わせていた。その理由は、二十四人もいる門徒達の修行を一度につけるためだ。


「さあ、アンタ達、これを見なさい」


 私は自分の手のひらに握っていた一輪の赤い花を門徒達に見せた。


「この花の名前は赤雪草と言って、名前の通り、寒い雪山でのみ咲く花よ」


 勘の良い一部の門徒達は今の説明で、今から行う試練の内容を理解できたようだけど、まだ理解が追い付いていない者のためにきちんと最後まで説明をする。


 私は、北の方角を指差す。その方角には、手前の方から、緑色をした山が四つほど見え、一番奥には真っ白な山がそびえて立っていた。


「赤雪草は、あの一番遠くに見える白い雪山にのみ咲く花よ。今から一か月以内にあの山まで昇って一人一本取ってきなさい」


 この第二の試練は、ただ物を取りに行かせるなんて簡単な試練ではない。なので、食料も衣服も雪山を登る装備も一切与えない。

 

「道中の食料確保は各自行いなさい。それと山には熊などの猛獣とかもいるけど、それも自分達で何とかしなさい」


 その代わりに、私は一人につき一袋、東方の国で作られる特殊な丸薬が入った袋を渡した。袋の中には、百粒近い青い丸薬が入っている。


「その丸薬は一粒飲めば、丸一日はどんな疲れも吹き飛ばして動けるようになるわ。さらに、水は無理だけど、食わずに動けるようになる優れものよ」


 フライのように、ここに来てまだ日が浅く、肉体面の訓練が遅れている者ほど、この薬はありがたいはず。


 なので、日頃の稽古で私に痛めつけられている一部の門徒達は、私の心優しい気遣いに驚いているようだけど、東方に渡った稀代の錬金術師が作ったとされる、この丸薬には大きなデメリットが二つ存在する。


 一つは、飲むと寿命が一年縮むと言われていること、もう一つは飲んだ後、最初に見る夢は、絶対に過去の悲惨な出来事を悪夢として見ることだ。


 自分の寿命が減っていくのに気付くには、五十粒以上は飲んで、体調がおかしくなるまで気が付かないけど、もう一つの必ず悪夢を見るデメリットの方は二、三回飲めば、よほどの馬鹿でなければ気が付くはずだ。


 そして、それに気が付いた時に初めて、第二の試練の本当の正体に気が付くのだ。


「さあ、行きなさい」


 説明を終えた私は、門徒達に第二の試練の開始を宣言した。


 













 呪術師になるために、この隠れ里にやって来て一年の時が流れた。


 昨日、六の試練を攻略した私達は、少しだけ疲れを感じながら里に帰還する。六の試練の内容は、隠れ里から一番近い距離に拠点を構える山賊達の討伐だった。


 一切の説明もないまま、ヒガンに連れ出された私達二十四人の門徒は、山賊のアジトに着くや否や、いきなりヒガンが山賊の一人を斬り殺したことによって、アジトにいた百人近い山賊達の怒りを買い総攻撃を受ける羽目にあった。


 ヒガン本人は「これが第六の試練開始よ」と叫び、騒ぎに紛れてすぐに行方をくらませたため、後に残された私達は、酷い目にあったが、それでも一人も怪我人を出すこともなく、大した連携も何もせずに、各自、目の前の敵だけを葬って、結果的に山賊達を皆殺しにする。


 この一年間、試練がない時には、ヒガン自ら、私達全員にみっちり体術や剣術などをつけてくれたおかげだ。そのため私も含めて、門徒達全員が、体力や筋力、戦闘能力も飛躍的なほど上昇したが、それだけではない。


 この日、私は生まれて初めて人を殺した。なのに、生まれて初めて殺人を犯したというのに、何故か、何人殺したかまでは覚えていない。というか、何も感じなかった。


 もう精神が色々と麻痺してきたのだろう。


 第二から第五までの試練を受けた私達から見れば、今更、人を何人殺したところで、罪悪感も後悔も感じなかった。


 例えば、第四の試練。


 ヒガンがいつの間にか、どこからか捕らえてきていた反乱軍の兵士達から、三人一組となって情報を吐かせるのが第四の試練の内容だった。


「どんなに拷問されても仲間の情報はしゃべらんぞ」と腐敗した帝国を憂い奮起した者達を痛めつけることに、最初は少なからず何度か抵抗を覚えたが、そうなった場合は、いつものように、頭の中でロッキード子爵の顔を思い出すことで、心の迷いを取り払うことができた。


 こうなったのは、全てロッキード子爵のせいだ。あいつが全ての元凶だと。


 憎む対象は皆違えど、自分の感じる罪悪感を全て己の復讐すべき対象に擦り付けることで、自分の非道な行いを正当化させる。そうすることで、気が付いた時には、目の前に、喋る以外の体の機能を失った反乱軍の兵士達がいた。


 まるで悪魔を見るかのように、泣き叫ぶ反乱軍の兵士達は、最後に各地のアジトや、秘密裏に協力している貴族の名前を喋ったが、帝国軍ではない私達にその情報の価値はない。


 ただ、秘密にしていることを聞き出した。それだけで第六の試練を攻略した私達には十分だったのだ。


 結局、その後、力尽きたあの反乱軍兵士達の幸運は、仲間の情報が敵である帝国軍に漏れなかったこと、不幸だったのは、帝国とも関係のない者達の手によって夢半ばに命を落としたことだった。



 

 ともあれ、こうして六つの試練を乗り越えた私達、二十四人の門徒は、ついに完全なる復讐者へと至った。


 復讐を果たす日まで、もはや私達は、罪の意識に苛まれることはない。一切の躊躇なく、己の復讐に邪魔なものを排除できる冷徹な心を手にしたのだ。


 勿論、自分達が外道と呼ばれる存在にまで墜ちてしまった事は、皆、心のどこかで理解していた。しかし、それでも正気を保てたのは、それぞれに復讐すべき存在がいることと、同じ道を志す同士がいたからだ。


 この一年間、他の門徒達とは文字通り苦楽を共にした。


 師匠と弟子達しかいないこの里では、常時厳しい修行をすることはできない。門徒全てに一軒家があてがわれているため、食事以外の生活の場は各自が行うことになっていたが、それでも、体を労わるためにも、食事だけは他の者と協力しなければならなかった。


 料理当番の者は、その日は修行を行わずに、日中は近隣の川や山に入り食材を集め、その日の夕食の分と翌日の朝食と昼食分を作ることになっていた。


 元貴族であった私だが、アズバーン男爵家が小貴族であったため、召使いに生活の全てを任せる余裕がなく、自分で家事や料理をする経験があったのが幸いし、私の料理当番の日に他の門徒達から文句を言われることはなかった。


 しかし、当然その日の食事係の腕前次第で、料理の味が大きく変わるため、当たり外れの日がある。


 元料理人だったエインという女性が作る料理の日は当たりの日だと皆喜び。料理の腕が下手な一部の連中が料理当番の日は、皆、文句を口にした。


 それでも、どの門徒にも等しく、料理当番の日はやってくるので、料理が下手な連中も、徐々に腕前が上がり美味しくなるのが感じられた。


 また、食事の時は全員で集落の中央で一緒に食べるという決まりで、その時だけは、辛い修行を忘れて、皆楽しそうに歓談しながら、食事をする。


 どの門徒も私やエドガーと同じで、過去に思い出したくもないほどの辛い経験をしているが、それでも楽しかった思い出もあり、笑いながら楽しむことができた。


 私にはできなかったが、中には、自分からあえて辛い過去を口にする者もいた。


 妻や子供も殺された者。


 役職を負われ、左遷された者。


 パーティから追放された者。


 皆、元の身分も年齢も性別も異なるが、過去に絶望し、人物、集団、組織、もしくは帝国という国家に復讐を果たそうとする強い意思があることは、はっきりと理解することができた。


 それ故に、生まれも性別も異なる私達、二十四人は強い仲間意識を持っていた。


 そして、皆が呪術師になった時には、お互いに協力しながら、みんなで復讐を果たそうと決意するのであった。


 


 しかし、それは儚い幻想であった。




 七の試練でもあり、最終試練である蠱毒の儀式の直前に、私達は知ることになる。


 自分達がここまでやってきた理由。己の復讐を果たすための呪術という力を得るために、最後に何が必要だったかを。



 最後の殺し合いの日はすぐそこまで迫っていた。



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