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第四話 故郷

応援ありがとうございます。本当に励みになります。

「じゃあな、二度と来るなよ」


 翌朝、看守達に追い出されるように、私は刑務所を後にした。


 この時、私の手元にある物は、釈放された者が、すぐに再び犯罪に手を染めないように支給される数日分の金銭、形見として残したカトリーナの髪の毛の一部と、刑務所内で火葬された彼女の遺灰が入った小さなツボだけであった。


 刑務所を後にした私は活気溢れる帝都の繁華街を一人歩いた。だが、来た時は、夢の世界に思えた帝都の中を歩いても何も感じなかった。


 私とカトリーナ以外にもアズバーン男爵家の使用人が数人ついてきたが、私の刑が確定した時点で、皆奴隷に落とされ、どこかに売られたと看守達が言っていた。


 本来であれば、私は彼らの行方を探さなければならなかったが、この時の私は、遥か彼方にあるアズバーン男爵家の領地に戻ることしか頭の中になかった。


 もう、領主ではないが、辛い外の世界から逃げて、一秒でも早く、安全で優しい世界に帰りたかったのだ。


 与えられた金銭を慎重に使い、来た時とは違い徒歩で、私がやっとのことで、故郷であるアズバーン領に帰ったのは、釈放されてから二か月後であった。


 しかし、私が留守にしていた四か月の間に、故郷は残酷なまでに大きく様変わりしていた。






 領内で唯一の街の建物には何も変化はない。壊された建物もないし、新しく建てた建物も見られなかった。外からでしか分からないが、私のかつて住んでいた屋敷も無事だ。


 だが、建物以外で、以前と明らかに違う部分にはすぐには気が付いた。


「人がいない?」


 人口千人ほどの小さな街ではあるが、それでも、朝から晩まで、常に子供から老人まで道端に顔を出していたが、今は人の気配が一切感じられない。


 なので、もしかしたら、みんな移住してしまったのではないかと言う、考えがよぎった矢先、一軒の民家から一人の老人が出てきた。


「お主は誰じゃ?」


 姿を見せたのは、街で唯一の靴屋を開いていたトーマスおじいさんだ。


「トーマスおじいさんですか?」


 最初は、気が付かなったようだが、声を掛けるとどうやら私だと気が付いたようだ。


「お、お主、いや、あんたはフライ様か?」


 トーマスおじいさんは、変わり果てた私の姿に驚いた様子であったが、しばらくすると、親の仇のように私を睨みつけてきた。


「一体、これはどうしたのですか? あ、いたっ!!」


 トーマスおじいさんに何があったのかを尋ねようとしたところ、背中に何か硬い物が当たった気がした。私は地面に転がった小石に目をやり、それから後ろを振り向くと、そこには、怒りの形相を浮かべた老婆が立っていた。


「ハァハァ、アンタ、よくも」


 それは優しい笑顔しか見た事がないマリーおばあさんだった。だが、今の彼女は、片手に石を持って、私に激しい敵意を向けていた。


「マリーおばあさん、これは一体、どういうことですか?」


 背後から、突然、石を投げつけてきたマリーおばあさんに尋ねると彼女は叫んだ。


「この疫病神が、あんたのせいで、息子や孫達は!!!!」


 そして、マリーおばあさんの声に連れられて、今まで、静まり返って建物内から続々と人が出てきた。


「戻ってきやがった!」


「この悪魔め!!」


「貴様のせいで!!」


「昔、アンタに優しくしたのが間違いだったよ」


 出てきた人達に見られる共通点は二つ、一つはかつては優しかった全員が罵詈雑言を吐きながら私に激しい敵意を向けていること、もう一つは何故か、年老いた老人しか姿を現さなかったことだ。


「これこれ、みんなそれくらいにせんか。フライ様に当たっても何も変わらないのは分かっていたことじゃろう」


 そして、最後に、この場をなだめるかのように、領内最年長のオンじいさんが姿を現した。


「オンじいさん、これは一体? 領内で何があったのですか?!」


 ほとんどの人達が、何も知らないのかこいつ、という目をする中で、ただ一人オンじいさんだけが、私が不在の間に何があったのかを語ってくれた。


「フライ様が、帝都に向かれて一か月半が過ぎた頃じゃ、街に百人ほどの帝国軍の小隊がやってきたのじゃ。彼らは、フライ様が帝都で、裁判を掛けられて男爵家が取り潰しになったことと、小隊の隊長が代官として領を治めると言い出した」


 オンじいさんは当時を思い出すかのように、悲痛な顔で告げる。


「領民全員が、あなたが、犯罪に手を染めるはずがないと抗議した。じゃが、皇帝の勅書と軍人である彼らに、儂らは逆らえなかった」


 オンじいさんが辛そうなのを察してか、オンじいさんに変わって別のおじいさんが話を続けた。


「奴らは、やってきたその日に、今から宴会をするから酒と食事と女を用意しろと言って、街の広場で宴会を挙げよった。それから、奴らは騒ぐだけ騒いだ後、街の若い女達を一人残らず連れ去って、領主様の屋敷で盛っておった」


「あの夜の、若い女達のやめてと叫ぶ悲鳴や無理やり出された喘ぎ声は今でも忘れられん」


「アタシらは何もできなかった。当然じゃ。相手は軍隊じゃ。それに下手をすれば、アタシらも罪を被ることになるからじゃ」


「それから、一週間くらいは同じような地獄の日々が続いた。恐らく、薬を使われたのじゃろう。何人かは精神が壊れてしまったが、結局最後の日には、全員の嬉声が街中に響いた」


「だが、あなたも知っているように、この街の食料の備蓄は少ない。奴らは、冬に備えて蓄えていた食料をたった一週間で消費すると、食料の残りが少ないことを知り、さらに悍ましいことを始めおった」


 周囲を見渡すとほとんど全員が泣いていた。その訳を私はすぐに知ることになる。


「まずは、ずっと虐げられてきた若い女だった。彼女達は、広場で皆が見ている前で奴隷の焼き印を入れらて、その日の内に街にやってきた奴隷商人の馬車に乗せられて、どこかに行ってしまった。聞いた話では、帝国中の娼館に売られたらしい」


「この時、儂らは怒りよりも、悲しみの方が強かった。だが、この後儂らは更なる悲しみを知ることになった」


「次は、働き盛りの若い男性じゃ。あれから数日後、武器で脅されて女達と同じように奴隷の焼き印を入れられて危険な炭鉱で働く奴隷として売られていった」


「その次は、老人以外の成人の人間。そして最後に、成人前の幼い子供達じゃ。彼らは全員、父母を目の前で奪われて途方にくれていたが、奴らは彼らの両親達と同じように悲鳴を上げる子供達に一人ずつ奴隷の証を入れて、奴隷商人に売ってしまった」


「あの子達の叫び声こそ、わしは忘れられんよ」


「何人かは、先に売られた若い女達の代わりに慰み者にされていたのにのお」


「もはや、人の所業ではない。あいつらは人の皮を被った悪魔だ!!」


「そして、あいつらは、金にならない儂ら老人以外を、赤子に残るまで一人残らず金に変えると、他に金に換えられる物がないこの領地にはもう用はないと言い残し去って行った。後に残ったのは、もう直、冬じゃというのに、食い荒らされた食料庫と老い先短い儂ら老人のみ。アズバーン領はもうおしまいじゃ」


「おしまいじゃ」と言う、反論のしようもない、その一言が周囲一帯に虚しく響く。


 私は、想像を遥かに超えていた故郷の惨状に、驚きのあまり言葉の一つも出せずにいた。


 アズバーン男爵家が取り潰されて中央から派遣された代官が新しい領主になっていることは知っていた。そして、恐らく、あの宰相やロッキード子爵の息が掛かった代官であれば、間違いなく領民達を虐げているに違いないと予想していた。


 だが、事態は私の予想を遥かに超えていた。私の考えは甘かった。


 まさか、領民を虐げるだけにとどまらず、冬を越すための食料をほとんど平らげて、老人以外の全ての民を奴隷として売り払うなど、全く予想できなかった。



 老人以外の領民が全て奴隷として売られただけでも十分絶望的なのに、まだ、悲劇は続く。


 例年通りであれば、今月の終わりころには、若者でさえ、一か月近くは街の外へ出ることもできない厳しい吹雪がこの街を襲う。


 だが、やってきた帝国軍の兵士達のせいで、予定していた私達の結婚式のための食料はおろか、毎年やって来る冬を越すための食料すら、この街には残っていない。


 そして、足腰の弱ったお年寄り達では、ここから歩いて一週間はかかる近くの街まで徒歩で移動するのも不可能に近い。


 つまり、彼らの未来は……。


 私は必死になって、この人達が生き残る術を考えていると、オンじいさんは「もう良い」と初めて優しく微笑んだ。


「あれから儂らなりに、少し調べてみて、あなたが冤罪に着せられたのを知った。あなた様もさぞ辛かったでしょう。ですが……」


 言葉を濁らせるオンじいさんの代わりに、トーマスおじいさんが寂しそうに口を開いた。


「あなたに罪がないのは分かっているが、それでも、やはり、こうなった原因の一端である領主であったアンタの顔をもう見たくない。それに、若いあなたを見ると奪われた息子や孫達を思い出してしまう。あの時の光景をもう思い出したくもないのじゃ」


 そして、オンじいさんが最後に彼らの思いを代弁して言った。


「儂らはみんな、この街で最後を迎えるつもりじゃ。食料もろくにないから、持って一か月半くらいじゃろうが、せめて、それまでは、全てを忘れてあの白い霊峰を見ながら心穏やかにいたい」




 だから、儂らの最後の一人が死ぬまで、儂らの前には顔を出さんでくれと。




 その言葉の後、先程まで殺意まで、向けていた老人達は、後生だと地に膝をつけて懇願する。


 その姿に私は何も、声すらかけられなかった。もうこの地で、私ができることは何もないのだ。


 彼らに背を向けて、私はゆっくりと街を出ることしかできなかった。


 見送りもなく、一人街を出た私は、生まれた頃から見てきた、美しく白い神秘的な霊峰を目に焼き付け、涙を流すと、ここまで、大切に守ってきた壺に入っていたカトリーナの遺灰を、唯一変わらなかった故郷の空に戻した。


 世界はこんなにも美しいのに、どうして人間はこれほどまでに残酷なのだろうか。


 こうして、私は愛する女性も、故郷も何もかも全てを失った。


 苦しみを知り過ぎて、これ以上涙も出ない。


 これから何をすればいいのかも分からない。私はとぼとぼと一人再び歩き出した。

 


 この時、全てを失った私の心の中は、あの白い霊峰と同じく真っ白だった。







「ヒトヲノロバアナフタツ……」


「えっ」


 聞いたこともない上、理解すらできない言葉が耳に響いた。


 気が付くと、目の前に、私と同じくらいの年齢の女性が立っていた。


 服装こそ、寒いこの地域でよく見かける厚着をしていたが、彼女の顔を見て、先ほど聞こえた言葉が、理解できなかった理由が判明した。


 この国の人間のほとんどが白い肌をしているが、目の前に立つ、私と同じくらいの年齢の若い女性の肌は薄い黄色であり、おまけに黒髪、黒目と明らかにこの国の人間ではないことが伺えた。


 昔、本で読んだことがある。大陸の西側にあるこの地より遥か東の地にある国々に住む人間達の肌は薄い黄色で、黒髪や黒目が多いと。


「君は異国の人間か?」


 私の声に対し彼女は、ニヤリと笑いながら、先ほどの彼女が口にした母国語ではなく、この国で使われる言語で言葉を紡いだ。


「そうよ。私はこの地から遥か東の果ての国からやってきたわ」


 それは遠くの地からわざわざご苦労様と思ったが、彼女の次の一言で、悲劇の連続で、ここしばらくの間、消えかかっていた火が激しく燃え上がるのを感じた。


「私の名前はヒガン。私の国では、呪術師と呼ばれている者の一人よ。私の手を取れば、アンタにも碌な結末は待っていないけれど、アンタの復讐は確実に果たされるわよ。殺したいほど憎い相手があるのなら、アンタも私と同じ呪術師にならない?」




 そうだ! そうだだった!! 私にはまだやらなければならない事があった。


 失ったものは取り戻せないが、だけど、それでもこうなった全ての元凶であるあのロッキード子爵に、私は復讐をしなければならない。


 ロッキード子爵に、私達が受けた以上の苦痛を与えなければ、私は死んでも死に切れない!!


 そして私は復讐を果たすために、この瞬間、奴らと同じ外道になることを決意した。


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