第98話 ジロキチ禅師
「おう、オメエが支配人か?」
チンピラモードに切り替わったジロキチは、金棒を肩に担ぎ、獲物が来たと心中ほくそ笑みながら、まずは正論で攻める。
「このホテルは初めてなんだが風呂はあるか?俺はこう見えても綺麗好きでね。ちぃーとばかし風呂にはうるせぇんだ。」
ジロキチは世間話でもするかのように、支配人に語りかける。
「勿論ございます。この国にお越しになるお客様は、砂漠を越えていらっしゃる方々ばかり、旅で疲れた体を癒して頂くために、浴室は特に力を入れております。」
支配人は表面に笑顔、内心に警戒を深めながらジロキチの質問に答える。
「そうかい、そりゃあ良かった。じゃあ本題だ。あんたの言うように、俺も長い旅路の果てに砂漠の国へ来た。だが歓迎の方法が頂けねぇ。この国じゃあ新規の客を取り押さえて、殴る蹴るの暴行をする習慣でもあるのか?」
ジロキチの口調は少し、ほんの少しずつ非難を帯びて強めに変わる。
「いえ、そのような習慣はございません。お客様は何か誤解なさっておいででは?」
ククッとジロキチが愉しげに笑う。
「おう、テメエ、俺を嘘つき呼ばわりか?」
突然、ジロキチの論理が飛躍し、支配人を攻める口調に強い非難が見え始めた。
「おう、そこで雁首並べて座禅してるアホ共、ちょっとこっちに来やがれ。」
ジロキチは暴行した守衛達を呼び、彼らに質問をする。
「なあオメエら、支配人様は俺を嘘つき呼ばわりだ。おかしいよな、殴る蹴るの暴行をしておいて、テメエの誤解とほざきやがる。俺は信じて貰えなくて悲しいぜ。おう、オメエら暴行の事実は無かったのか?」
大きなロビーにジロキチの声が響き渡る。彼の問いは、守衛達に苦悶の顔を浮かべさせた。正直に話すべきか、それとも誤魔化すか、はたまた完全に嘘をつくか、彼らの内面の葛藤が苦悶となって表れるのだ。
「お客様の言う通り、確かに我々が殴る蹴るの暴行を致しました。」
1人の守衛が泣きそうな顔で告白する。それを聞いていた他の面々も口々に、自らの罪を述べ始めた。支配人は苦渋の顔といったところだ。
(どうせ余計な事を、みたいに思ってるんだろうが、馬鹿は死んでも治らねぇな。)
「支配人、お宅の守衛達がこう言ってますけど、それでもまだ暴行の事実は無いと仰る?先程、貴方は私の誤解とハッキリと明言致しました。おかしいですよね、守衛達の発言と矛盾しませんかね?」
今度はうって変わって丁寧になったジロキチの口調は、その丁寧な口調とは逆に、さらに詰問の色を強めた物になる。
「い、いえ、何かの手違いではございませんか?当方ではお客様に、その様な無体な事をするように従業員を教育致しておりません。」
(はい、死んだ。)
この発言を引き出したくて、ジロキチは長々と演説ぶったのだ。これで詰めの作業に移行出来る。支配人の負けは確定したも同然だ。
「では、支配人、この“嘘つき”な守衛達の指導はあなたの〈責任〉ですよね?ホテルを預かる〈責任者〉として、おかしくないですか?」
ジロキチは大理石の床を、金棒でコツコツと規則正しく叩いている。その一定したリズム音は、死刑を待つ囚人に、カチッカチッと時計が進んでいることをワザとらしく聞かせ、あと何分で執行されるのか親切に教えてやる獄卒のそれだった。
「だって、ほら、あなたは先ほど「お客様の誤解」とおっしゃったばかりですよ。責任者が責任を取らず、部下の言動も管理出来ず、挙げ句にお客様に責任を転嫁する。」
丁寧から荒々しく、ぞんざいから礼儀正しく、ジロキチの口調はころころと変わる。
そして、ドスンと一際強く金棒で床を叩き、顔色が蒼白となった支配人を追い詰める。
「なあオメエ、自分が矛盾してるのに気付いてるよなぁ?」
*
あれから直ぐに支配人は自分の非を認めた。
別室に案内されたジロキチは、支配人の謝罪を受け入れ、この愚かな出来事に始末を付けた。彼が破壊した門柱とシャンデリアとロビーの一部は、全てホテル側の負担で修繕する。これでジロキチは決着させた。
ただし、宿泊料はジロキチ持ち。当然だった、彼はクレーマーではない。善良な冒険者だ。物事に無理を通すような輩とは違う。キレる時は筋が通らない時と舐められた時だけだ。
「アリババさん、スイート空いてるかい?」
もはや何の拘りも無く、支配人を気安く呼び、やっと風呂に入れる喜びを噛み締めながら、ジロキチは訊ねた。
「勿論でございます。当ホテル自慢のスペシャルスイートを御用意させて頂きます。」
一泊金貨20枚、リラ換算で200万リラの部屋だった。
ジロキチは即金で一週間分払い、後顧の憂いを無くした。これで貧乏人とは思われまい。そして、例の守衛達を呼び出すように支配人へ伝える。
その顔に一瞬、緊張が走る。
「勘違いしないでくれ、もう怒ったりしねーよ。」
支配人の警戒を笑いながら解き、彼らが来るのを待つ。
待つことおよそ10分。
全員が顔を青ざめてジロキチの待つ部屋に入室した。支配人も心無し青ざめている。誰もがもう一度、雷を落とされると戦々恐々していた。
「おう、オメエら」
たったこれだけの発言で彼らはビクッと震え上がる。だが、続くジロキチの言葉は怒りではなかった。
「さっきは嘘をつかず、隠し事もせず、よく事実を言ったな。俺は嬉しかったぜ!」
ジロキチは子供みたいに彼らを誉め、正直者には小遣いだよと言いながら、金貨を10枚づつ渡し、支配人には迷惑料として同額渡した。
やはりジロキチは禅師であった。
百話まで書いて、今まで書いた文章のチェックと推敲します。
期間は10日ぐらいを予定しています。
その間は新しい更新を致しません。ご了承願います。




