第96話 風呂に入りたい それだけなのに
風呂に入るだけで、なぜここまで長文になるのか?
真剣に分からない。
ロバータと別れたジロキチは、その足で冒険者ギルドに向かう。隊商の護衛任務を終えた終了証明書を提出するためだ。道すがら通行人に冒険者ギルドの位置を聞くと、難なく場所が判明した。
ギルドに到着すると受付で証明書を提出し、求められるままに自分の認識票を預ける。昇格で認識票が必要になるからだ。昇格の内示は隊商の依頼を受ける際に、ジロキチに伝えられていた。
「それでは昇格の手続きを致しますので、あちらでお待ち下さい。」
受付嬢と事務的な受け答えをした後、並んでいる人達の邪魔にならないように、壁にもたれ掛かれ目を閉じて待つ。椅子はある。だが座らない。それは日本で1番有名な超A級スナイパーの真似がしたいだけだ。
(これで晴れて俺はE級に昇進する。)
この世界の冒険者はG級からスタートする。つまりジロキチは下から3番目。未だ下級冒険者だ。中級冒険者はD級からになる。
(昇進が遅いのは異世界も日本も変わらねえな。まあ結構寄り道してたし、しゃーね部分もあるか)
ジロキチは自嘲気味に考えていたが、彼の目的は帰還である。仮に昇進したとしても、それが帰還のプラス要素になるとは考えておらず、どちらかと言えば、あったらいいかも程度にしかジロキチは思っていなかった。
この世界の冒険者にとってランクは絶対だ。それは冒険者ランクが実力の証明であり、信用と名誉を兼ね備えた世間的な評価に他ならないからだ。
しかし、ジロキチにその評価は当てはまらない。彼に取って評価とは、主君であるシャル・カリ・シャッリその人の評価のみであり、それ以外の評価など何の値打ちも無かった。そして世間の評価と主君の評価は、文字通り次元が違うレベルで異なっていた。
彼がランクの昇進にこだわらないのも無理はなかった。
(S級になったところで、シャル様が喜ぶとは到底思えねぇ。そんな物より御自身が知らない謎アイテムか、敵対勢力への単騎殴り込み、みてぇな事柄に価値を見出だす御方だ。)
最低限の金と最大限の力、この2つさえ有れば良いとジロキチは思っていた。
彼にとってランクはあくまでもオマケに過ぎない。そしてランクは厄介で取り扱いに注意がいるオマケだ。ただ上げれば良いというものでは無い。有名になり過ぎて隠密行動に支障が出ても困るし、ランクを上げ過ぎたせいで指名依頼を断れない。そんな状況も十分考えられる。
それでも彼が冒険者に籍を置くのは、高ランクにならないと、立ち入り出来ない場所や遺跡があるからだ。無許可で侵入してもよいが、それが露見した場合、ギルドのお尋ね者になり旅の障害になるかもしれないからだ。
(それに情報だ。ギルドには多種多様な情報が集まる。)
ギルドは依頼を通じて各地から情報が集まる。遺跡の場所に各勢力の動き、モンスターやアイテムのトレンドなど、各地で発生している物事のおおよその動きが解る。
例えばどこかの国でゴブリンが大発生するとしよう。
その国が単独でそれを抑えられない場合、その国からギルドに防衛任務が依頼される。そうなると追加人員の派遣が決定され、救援物資と共に各地の冒険者が応援の為に送られるのだ。
それは言い換えるならば、人と物の動きに大きな変化が見られるという事だ。
つまりギルドは意図するしないに関わらず、依頼という形で冒険者に情報を提供している。その情報を元に冒険者が各自で推測・判断し、自分が受ける依頼を決定しているのだ。
(こちらの世界にネットやテレビは無いからな、ある意味で情報も高ランクの特権の1つだ。)
噂によるとB級以上の上級冒険者と、それ以下の冒険者ではギルドから開示される情報に“差”が有るらしい。有り得る話だった。日本でも運営や組織に対して、より貢献する者をより優遇するなど当たり前の話だ。例えば、株式の優待サービス、オンラインゲームの限定アイテムがそれにあたる。
上級冒険者が産み出す富は、生半可な額では無いだろう。優遇があってもおかしく無かった。そして公に出来ない情報も抱えていると、ジロキチは睨んでいた。超越者の所在地や個人情報などその最たる物であろう。
(比較的に知られているシャル様だって、黒い森にいることは有名だが、その正確な居場所となると、極少数の限られた者しか知らないもんな。)
別に隠しているつもりは無いのだが、そもそも黒い森を突破出来ることが前提なのだ。その時点でたどり着ける冒険者は一握りだ。そして魔物避けに張ってある結界。これを術者の意思に反して、強行突破出来る者はさらに数を減らす。
(あんなイカれた出力の結界を越えるのは、自殺志願者か本物の実力者しかいねぇよ。)
こうして超越者の情報は詳しくなればなるほど、その詳細を知る者は少なくなり、噂だけが1人歩きするのだ。ギルドが持つ秘匿情報も、どの程度の精度を持つのか不明ではある。ただ、そうであっても独りで訪ね歩くよりはマシであると、ジロキチは考えていた。
「昇格でお待ちのジロキチ様、6番までお越し下さい。」
長い考察を終えると、やっとジロキチの出番が来た。彼は閉じていた眼を開き、指定されたカウンターに向かう。
「昇格おめでとうございます。こちらが新しい認識票になります。」
そう言って手渡された認識票を確認すると、確かにランクがEになっていた。
(何となく偏差値43ぐらいの高校に受かった気分だ。)
「どうもありがとうございます。」
それほど感慨もなく平坦な声でお礼を伝え、彼はもう1つの用事を訊ねる。
「この町、1番の宿屋を探しているんですが、ご存知ありませんか?あ、豪華な風呂付きで。」
*
ジロキチは受付に紹介された店に向かう。
(ご丁寧に地図まで書いてくれたぜ、あのねーちゃん良い人だわ。)
他人の親切が嬉しいのは歳を食ったからだろう。
彼は30近くになって初めてその事に気付いた。情けないが親元ではそれが分からなかった。社会に出て“世間”という物が、薄ボンヤリと見えてきた。逆に言えば、それだけの苦労を重ねてきたとも言える。
無償の“善意”ほどありがたい物はない。
大通りを進んで行くと、一際大きな建築物が見える。あれが目的地スーサーズパレス。パレスと名乗っているが宮殿ではない。宮殿と見紛うほど豪華なホテルという意味らしい。地元の宿屋ランキングで堂々の1位。文句無しの3つ星ホテルだ。
(確かに宮殿みてぇな豪華さだ。)
立派な門のそばには守衛室まで備えている。出入りする客は、全て4頭立ての華やかな装飾が施された見事な馬車だ。徒歩の者はいない。なぜなら正門からドアのある入り口まで、何十メートルあるのか分からない庭だからだ。その様子はまるで貴族の大邸宅のようだ。
(てぇしたもんだ。やっぱり金が有る所は違うね。)
それを横目にしながらジロキチが門を潜ろうとすると、突然、数人の守衛に取り押さえられた。彼は何が何やら解らず、ただされるがままだった。
「おい!コラァ、汚ねえ冒険者!!ここはオメエみてぇな貧乏人が来る所じゃねーぞ。」
「調子に乗った冒険者風情が、足を踏み入れて良い場所じゃねーんだよ。ボケ!」
そんな罵倒を口々に受け、蹴るや殴るの暴行を受ける。
ジロキチは反撃もせず混乱していた。
(なぜこんな目に遭う。俺はただ風呂を求めていただけだ。対価はある。それも十分だ。なのになぜこんな目に遭うのだ。)
殴りつける守衛の眼が嗤っていた。人を蔑む眼だ。
(ああ、クソ、やっと分かった。俺を見た目で判断しやがったな。)
ジロキチは確かに小汚かった。ヨレヨレのポンチョ、砂塵まみれの髪、垢だらけの顔、それだけ見れば確かに貧民のような服装をしていた。だが、ドレスコードが有るなら、ただ穏便に注意すればいいだけだ。それを有無を言わせず取り押さえ、複数で殴る蹴るの暴行。いくらなんでも酷すぎる。
そして何より許せないのが、あの受付嬢だった。
(あの女…………!こうなる事を予想してやがったな、人を見た目で判断した上に、ご親切にも嵌めてくれるとは上等過ぎるぜ!!!)
魔探を最大出力まで上げ、近辺でこちらを窺っている者を全員チェックすると、大通りの向こう側で笑い転げている受付嬢に気付いた。
殺意。
それ以外の感情は存在しなかった。
取り押さえていた守衛を魔力だけで吹き飛ばし、門柱を素手で破壊する。大通りに爆音が鳴り響き、辺りは騒然となった。そのままジロキチは大通りを渡るかに思えたが、彼は何とか踏みとどまった。
(殺しは駄目だ。ヤツもそこまでしなかった。報復は殺し以外で行う。暴力も駄目だ。ヤツが振るった訳じゃねぇ。)
怒り狂った頭に冷たい感情がスッーと宿る。
それは血の気の通わない冷酷な何かだった。ここまで小馬鹿にされた以上、彼に引く選択肢は無かった。ホテルと受付嬢、コイツらだけは許されない。鬼の如く“詰め”てやらねば気が済まなかった。
(まずはホテル。受付嬢はその後だ。今は見過ごす。だが、ジロキチ様を舐め腐った落とし前は必ず着ける。絶対にだ………!)
ジロキチの魔力を至近で受け、気絶した守衛を一纏めにし、ジロキチはホテルのロビーに向かって1人づつ守衛を蹴り込んでいく。
ドンッと響く轟音の後、内部で悲鳴と怒号が上がり蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。しかし、ジロキチは気にした様子が無く、立派な石畳の上をゆっくりとロビーに向かって歩くのだった。
次回もガンガン飛ばしていきます!




