第95話 旅と別れと 男と女
これにて隊商編終了です。
あれからロバータに服を着せ、彼女の話にとことん付き合った。
ジロキチの話す単語は3つだけ。
「うんうん」
「偉い!」
「よく頑張ったね」
これだけだ。
おそらく、ロバータは恋愛感情よりも、頼りになる存在を求めていた。男の世界で男以上に活躍してきた彼女は、表だって言えない辛さや弱味を抱えていた。しかも彼女は傭兵達のリーダーだ。内面に抱えていた葛藤を、部下に見せる訳にはいかなかった。
弱いリーダーなど害悪にしかならない。かといって、ひたすら内面に抱え込むにも限界がある。ロバータは長年に渡り、この矛盾を解決出来なかった。そして、たまたま現れた頼り甲斐のあるジロキチに救いを求めた。
(昔から、俺ってなぜかこういう立ち回りが多いんだよなぁ………。)
そうなのだ。ジロキチはなぜか学生時代から、この手の相談が多かった。
いつ頃だろうか。冬の寒い日に鍋を囲みたいと、女性の下宿先に誘われた。彼女は1人暮らし。当然、こちらも期待する。
「お、おでんかな。ちくわぶとシラタキ食べたいなぁー。」
みたいな感じである。
しかし、ドキドキしながらチャイムを押したジロキチの期待は裏切られた。
出迎えた彼女は様子が尋常ではなく、無言で入れと顎をしゃくり、黙ってパックの酒を呑み始めた。ぐつぐつ煮えた鍋の音は今でも忘れられない。それから彼女は一切喋ろうとせず、ジロキチに酌を強要し、約2時間後、ポツリポツリと失恋した事を話し始めた。
苦痛を通り越して、眩暈がしたのを覚えている。
(パック酒の銘柄は一生忘れないよ…………。)
結局、最後の最後までジロキチの期待した展開にはならず、彼女の愚痴を聞かされただけであった。仕方が無いので、鍋の後始末がてら余った食材をタッパに詰め、いくつかの缶ビールと食材を回収したのが、ジロキチに出来る精一杯の抵抗だった。
(三食分浮かせたっけ………?)
セコいと思うかも知れないが、長時間に渡る愚痴の時間と、散らかった部屋の後片付けに対する正当な報酬だ。後ろ暗いものでは無い。むしろ、ジロキチの淡い期待を裏切った分を回収しなかっただけ、ありがたいと思え、とすら当時は考えた。
ジロキチの悲しい青春の1ページである。
社会人時代の飲み会も似たようなものだ。
上司と後輩の間に立ち、両者の愚痴を聞かされるのが、ジロキチの役目だった。仕事だけではなく、家庭やプライベートの悩みなど、およそ考えられる問題のほぼ全てを持ち込まれた。それに比べれば、ロバータは相づちと彼女の人格の肯定だけで済むのだ。お安い御用である。
*
翌日、日がまだ完全に昇る前に目的地である、砂漠の国ベルスーサの首都スーサに到着した。隊商を交易所まで誘導し、運んできた荷を降ろし、任務は完了した。
「世話になったね…………ジロキチ…………」
ロバータから護衛任務が無事完了した、ギルドに提出する証書を受け取り、彼女と会話する。
「気にすんな、ロバータ姐さん、誰だってつれえ時ぐらいあるさ。」
ジロキチは屈託の無い笑顔で話す。こういう時のジロキチはまるで子供の様に見える。それが、ロバータには眩しく見えた。
「金棒のあんちゃんは、この後どうするんだい?」
彼を引き留める事は出来ない。だが、分かっていても尋ねたくなるのが人情だった。
「特に考えてねぇが、取り敢えず風呂かな。風呂に入って、ゆっくり考えるさ、」
風呂。
これだけは譲れない。ジロキチに流れる日本人の血が訴えるのだ。風呂をよこせと。もはやこの欲求を抑える事は出来ない。例え、水が貴重だったとしても、金の力と実力行使で、不可能を可能にしてみせるつもりだ。
「そうかい…………。」
ロバータはそれ以上、何も言わなかった。彼女は一流の女だ。出来た女は別れ際に無駄口を叩かない。名残と共に消えていくのみだ。
「楽しかったぜ、ロバータ姐さん。いつかまた会おうぜ。そん時は一杯やりながらだ!」
ジロキチは軽く手を振って、彼女を背にして歩きだした。すると、背中から彼女に声を掛けられる。
「ありがとね…………金棒のジロキチ…………!!」
その時、気付いた。
初めてロバータがあんちゃんでは無く、“ジロキチ”と呼んだことに。
(ええ~、姐さん、ちょっと遅すぎやしねぇか?)
ジロキチは振り返らず、心の中で彼女に抗議する。だが、これで最後の心残りも消えた。思い残すことは何も無い。ジロキチの心は雲一つ無く、晴れやかに澄み渡るのだった
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