第67話 戦闘開始!
隠し子の可能性を考えていない訳では無かった。
接点らしい接点が無かったルセロ親子が、貴族から狙われる動機なんて限られる。だが前伯爵カルロス・テーナは老齢と聞いた時点で、ルセロの父親ではないと踏んでいた。実際、それは当たっていた。ルセロはカルロス伯爵の子では無かった。
「私は先代の家令である父の記録を調べてみます。申し訳ありませんが、今日はお引き取りを」
あの日、ルセロが伯爵の血縁者で有ることに気付いた、子爵からの提案により、俺達はテーナへとんぼ返りする羽目になった。その5日後、再度呼び出しを受け、極秘裏に子爵の館へ向かった。イエペス子爵は20年前に家督と家令を継いだ。この5日間は、それ以前の書簡や出納帳を徹底的に洗い出していた。その結果が出たらしい。
あえて街道から外れた場所を走る。時刻は深夜だ。しとしと降る雨の中、バシャッと足音が鳴る。俺はルセロを背負ったまま、道なき道を走り続ける。雨雲に隠れ月明かりは見えないが、夜目と感覚を研ぎ澄まし、子爵の館へ向かう。
(嫌な感覚だ。ただの雨じゃねぇ、妙にネットリしやがる。何事も起きなければ良いか……。)
なんと言えばよいのだろうか、陸上に例えると、独走している筈なのに、背後にピタリと付かれている感じだ。その感覚が段々と大きくなる。追っ手だ。間違いではなさそうだ。
俺はルセロを下ろし、近くにあった麦畑に隠れるよう命じる。
「兄貴、オイラも戦います!」
「悪りぃが、奴さん腕利きだ。邪魔になるから隠れておけ。」
とりつく島を与えず、ルセロを畑に放り投げる。相手の強さを、追跡能力や気配の消し方から判断する。思った以上に腕が立つが、剣士や騎士のものではない。証拠に金属が触れる音がしない。冒険者のスカウトか、ポーメ爺さんが率いていた暗部に近いだろう。
「よう、おせぇぞ、待ちくたびれて寝ちまいそうだ。」
2人の獣人が俺を取り囲む。犬型だ。なるほど鼻を使って匂いを辿ったか。しかし、この雨の中でも追跡出来るなら大したものだろう。
「あんたら鼻が利くね、大したもんだ、コツでも教えてくれねぇか?」
「……………………あの子供はどこだ?」
ルセロを知ってるのか?なら襲撃者の一味で間違いないか、まあ、どちらにしても生かして返す気もないが……。
「知らねぇな。俺は一人で散歩だぜ」
「………そうか、話す気は無いのだな………ならば無理矢理にでも吐いて貰おうか。」
2人の犬獣人は剣を抜き放ち、左右に広がり間合いを取る。それに合わせてこちらも金棒を取り出す。追っ手達に隙らしい隙は見当たらない。両名とも手練れと称していいだろう。ジリジリと間合いを詰めながら、こちらの様子を窺うその姿は、獲物を追い詰めた猟犬だ。
(来る…………!)
左右から同時に斬り込みが来た。しとしと降り続ける雨粒の中を、シュッと短く音をさせながら剣閃が煌めく。左右からの攻撃を受けては流し、反撃の機会を探す。しかしそれを嘲笑うかのように、2人の連係は鋭さを増していく。
(大した腕前だ。だが………………!)
じわりと辺りの空気が変質する。血の色をした魔力が俺を包み、ゆっくりと波打つ。強大な魔力の余波が刺客達に押し寄せる。
「吸血鬼!それも血の魔力だと…………!!」
刺客の1人がはげしく驚愕する。
(確かに珍しいかも知れないが、戦場で我を忘れるのは悪手だろ。)
隙だらけの相手に潜り込む。右下段から凪ぎ払うかの様に金棒を振るう。驚いていた刺客が慌てて剣を戻し、防御の為に剣で受け止める。
(悪りいな、俺の得物は鈍器なんだわ)
振り切った金棒は相手の剣で止まる事なく、そのまま”剣ごと“相手を粉砕する。下から直撃を受けた刺客は、体をくの字にさせながら10mほど飛び上がり、大きな音を出しながら着地し絶命した。
それを呆然としながら眺めていた、もう1人の刺客に歩みよる。
降りしきる雨のぬかるんだ足元を、バシャバシャとさせながら近づく。刺客は固まったまま動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。しかし、俺は大きく金棒を振り上げ、一切躊躇せず刺客の脳天に叩き下ろす。
グチャリと名状しがたい音と共に、獣人の男は崩れ落ちた。
「ったく無駄な殺生させやがって、おい、ルセロ、終わったぜ、もう出てきても良いぞ。」
終わったことをルセロに伝えると、恐る恐る麦畑よりルセロが這い出してきた。そして真剣な顔で俺に問い始めた。
「……………兄貴………兄貴は吸血鬼だったんですか……?」
「いや違うが…………。」
「でも、真っ赤な血の色の魔力を出してましたよね。」
「ああ、あれね。俺の師匠が吸血鬼だったんだよ。それで色々教わる内に勝手に出るようになった。」
特に気にした態度を見せず、あっけらかんと答えるが、ルセロはまるで信じていない様子だった。
(仕方がない、面倒くせぇが補足で説明するか)
「俺が吸血鬼なら、討伐やら移動で日中出歩いたりしねぇよ。それにホラみろよ。」
大きく口を開けて、俺に吸血鬼の牙が無いことを示す。
「証拠に牙なんてねぇだろう?」
ようやくルセロは信じる気になったのか、ホッと肩の力を抜いた。
「申し訳無いッス兄貴………。」
俺を疑った罪悪感から、自己嫌悪し意気消沈するルセロ。
「気にすんな。ほれ急ぐぞ!」
もう一度、ルセロを背負いイエペス子爵の館へ走りながら、「すまん」と心の中でルセロに謝罪する。先程の言い訳はどちらもウソだ。高位の吸血鬼は日光が弱点どころか、光属性の魔法すら使用出来るし、牙の収縮も簡単にこなす。謝るのは俺の方だった。
*
館に近づくにつれ、様子がおかしい事に気付いた。館は黒煙を上げ燃えていた。
幸いな事に、雨のお陰で火の勢いが弱まったのか、全焼とまではいかず、半焼程度で済んでいたが、門扉周辺に武装した人員が何人も倒れ、騒乱が見て取れた。
耳を澄ませば未だ剣戟の音は鳴り止まず、子爵側の抵抗の意志が感じられた。襲撃したのは伯爵で間違いないだろう。こちらの蜂起の動きを察知して、先手を打ったとしか考えられなかった。
(お互い様だが、いきなり兵を差し向けるのは、やり過ぎじゃねぇか。伯爵さんよぉ。)
風のような勢いで子爵の館に突入する。
扉を蹴破ると武装した兵士が、唖然としながらも反応し駆け寄ってくる。素早くルセロを降ろし、身構えるが、ここで困った事に気が付いた。
(くそ、敵か味方か判らねぇ。識別コードでも着けておけや!)
「おい、ルセロ!耳を塞げ!」
そう言うと、ルセロの返事を待たずに大音声で叫ぶ。
「義を見て為ざさるは勇無きなり!俺の名はジロキチ!イエペス子爵!助太刀に参った!!」
自分から旗色を鮮明にする。こうすれぱ勝手に相手が判断するだろう。俺の目論み通り、突然現れた新手を、敵であると判断した兵士達が殺到する。
(………………………知ってた)
俺は金棒を握り直すと、向かってくる敵に堂々と相対するのだった。
風邪引きました




