第58 宿屋の主人
「前から気になっていたんだが、ルセロと親父さんは、なぜ襲撃されたんだ。怨みを買うような覚えでもあったのか?」
前々から疑問に思っていたことを、ルセロに問い質す。山奥で猟師している親子を、複数の人間で襲うのは尋常じゃない。何かしらのトラブルがあったとしても、ちょっと考えられない。
「それは…………。オイラにも分からないんです…………。父ちゃんと二人、山奥で暮らしてたんで、あまり世間とも付き合いがないのに……………。」
「知り合いといえば、獲物を卸していた毛皮商、薬草の取引をしていた薬屋ぐらいしか………。どちらとも、トラブルらしいトラブルなんて有りませんでした。」
「トラブルが無いなら、借金はどうだ?」
「いえ、借金もオイラが知る限り無かったと思います。父ちゃんは酒もあまり飲みませんし、獲物を売りに行く以外に、街へ行くことも有りませんでした。」
犯罪といえば、金と女と怨恨が相場なんだが、どれも違うとなると、手掛かりらしい手掛かりがない。これは困った。名字が銭形なだけに、大した推理も、出来ない様では立つ瀬がない。因みに、ウチの家系と有名な岡っ引きは全くの無関係だ。
しかし同姓の誼で、難事件を解く手腕にあやかりたいもんだ。
手掛かりは指輪しかないのか?解決の糸口が、そこしかないとは考えにくい。他にもあるはずだ。ルセロにもう一度、状況を思い出させ、何かしらの見落としがないか確かめる。
「あっ、そう言えば………………。」
「うん?何だ?」
「襲撃者は馬を連れていました。10頭ほど。荷馬車じゃなくて、乗馬用の馬具が着いた立派なやつです。」
ビンゴ!それだ。
襲撃者は荷馬車を連れていなかった。なら馬の飼料の確保の為に、最寄りの街で、待機していた可能性を考えるべきだ。馬は大飯食らいの生き物だ。飲まず食わずで強行軍てのも考えにくい。
最初に山小屋を訪れた男は、夜半に帰ってから、ちょうど午後になったぐらいで襲撃を行った。
時間的な猶予は10時間程度だろう。これは往復で10時間だ。片道なら5時間になる。山道で馬が走れるとは思えない。確実に歩くだろう。馬の歩く速さは常歩で約6.6kmだ。
片道5時間×時速6.6km=33km
つまり山小屋から半径33km圏内の街にいたと仮定出来る。何処の街でも、馬を預かる宿は規模が大きい大店だ。数は少ない。分散して泊まっていた場合でも、馬小屋併設する宿を探せばいい。どんなに多く見積もっても、10件も無いだろう。
山小屋から、約30Km圏内の街をルセロに確認する。
「近場の街は一つだけです。王都へ行く街道沿いの宿場町ニップルしかありません。」
*
「ごめん下さい。少々お尋ねしたいことがあります。ご主人はいらっしゃいますか?」
街道沿いの宿場町ニップルに着いた俺達は、手当たり次第、馬小屋を併設する宿屋で聞き込みをする。ちょうど襲撃のあった時期の、宿帳と人物の確認をするためだ。
街道沿いとはいえ、荷馬車無し騎馬のみ10頭で、構成された集団というのは少ないハズだ。宿代も普通の旅人に比べ、動く金も大きい。そんな特徴的な集団なら、記憶に残りやすいだろう。そう思い。聞き込みを開始するが、客商売だけあって口が固い。
まあ普通だな。怪しげな冒険者が聞き込みをすれば、誰だって警戒するだろう。だが、ジロキチ様の手に掛かればチョロい。精神魔法を使い、従業員に暗示をかけ口を割らせる。コイツなら、俺達が探していることを相手に悟られず、隠し事なんて不可能だ。凶悪過ぎて使用を躊躇うほどだ。
「覚えております。滅多に見ないタイプのお客様方でした。」
大きな宿から順番に潰していくと、2軒目で引っ掛かった。予想通りだ。恰幅のいい主人が、まるで世間話でもするように事情を話す。
「間違いありません。騎馬10頭に武装した人間10人で相違ございません。非常に珍しかったので、よく覚えております。」
「王都に向かう隊商付きの傭兵かと思いましたが、積み荷も荷馬車もありません。大規模な隊商が、分散して宿を取ったのかと考えましたが…………。」
「そのような先触れもなく、他の宿に仲間が逗留した様子もありませんでした。それに馬持ちの傭兵なんて、そうそう見掛けるものでもありません。それが10人!考えられませんよ。」
眼を爛々と輝かせ、主人の口調に熱がこもる。聞いてもいないのにペラペラよく喋る。コチラとしては好都合だが、人にに話せない秘密ほど喋りたくなるのは、日本でも異世界でも一緒だな。
「ご主人。それは騎馬のみの集団が宿泊で間違いないんだな。」
「左様でございます。冒険者を装った盗賊ではないかと疑いましたが、あれは違いますな。」
「うん?根拠でもあるのか?」
俺が尋ねると、その道の玄人が「素人はこれだから」みたいな、さも分かってないヤツを馬鹿にする感じで主人は言う。
「わたしゃ、この道40年のベテラン宿屋ですよ。
他は騙せても、ニップルでその人有りと云われた私は騙されませんよ。」
こいつ!限りなくウゼェ、我慢にも限度があるぞ。
「馬具ですよ。馬具。あんな上物の革を使った馬具を使えるのは、お貴族様ぐらいです。」
「しかも宿帳に書かれた文字を見て下さい。こんな綺麗な文字が、冒険者に書けますか?」
差し出された宿帳を確認してみると、成る程、しっかり教育を受けたのは、間違いないと思わせるほど達筆で名前が書かれていた。そこには職業が冒険者、名前がホルヘとあった。
さすがにこれは偽名か?そう考えていると、すかさず主人が割り込む。こいつマジで締め上げてやろうか?と沸き上がる怒りを抑える。
「間違いなく偽名ですな。しかし調べる方法は有りますぞ。」
「本当かよ?嘘くせぇな。一体どんな方法だよ。」
俺の煽りを一向に介さず、主人はドヤ顔で返答する。
「関所ですよ。セ、キ、ショ、OK?」
止めるなルセロ!コイツを締め上げねぇと気が済まねえ!ぶっ殺してやる!!
こうして、ついに俺達は手掛かりを掴んだのだった。
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