第51話 命掛けの土下座
翌朝、宿屋で朝食を食べ、受付でチェックアウトの手続きを済ませ、さあ出発だと思っていると、入り口が騒がしい。
「朝っぱらから、一体なんだってんだ?」
入り口を一瞥すると従業員らしき人物が、宿へ入ろうとした冒険者風の子供と押し問答していた。
「ここはお前みたいなガキが来るところしゃないぞ。帰れ。」
「いや、だがら宿屋に用があるんじゃねぇよ。」
よく分からないが俺には関係ない。関わりあいになるのも御免だ。見て見ぬ振りするのが一番だ。そう思いながら、揉み合いになっている2人の横をサッと通り抜けしようとすると。冒険者風の子供から声が掛かる。
「あー!金棒の兄貴!待って下さい。話があります。」
うん?金棒の兄貴?俺の事か?しかし見覚えが全く無い。他の誰かと勘違いしているのでは?俺がそう考えていると、アッという間に従業員の手から抜け出し、冒険者風の子供は俺に近づいてきた。
「初めまして兄貴!オイラはルセロ!弟子にしてくれ!!」
*
「はい、解散」
突然、弟子にしてくれと言ってきたルセロとかいう子供に捕まり、色々事情を聞く羽目になった。
食うや食わずの生活が嫌で田舎から出てきたこと。各地を転々としていること。昨日の不良集団に絡まれたこと。瞬く間に締め上げたこと。などだ。
昨夜の不良集団ダークコンドル団は、この街の有名な不良集団らしい。金が無く路地裏で寝ていたルセロは、たまたま目を付けられて絡まれていたらしい。そこへ颯爽と三階から飛び降りて、不良達に天誅をカマした俺が気に入り、飛び入りで弟子になろうと、宿屋の入り口で待ち構えていたそうだ。
「はっきり言おう。邪魔だ。帰れ!」
「いや、兄貴の弟子にならない限り帰らない。そもそも帰る場所もないですよ。」
先ほどから延々とこの繰り返しだ。必要ない、無理、帰れなど思い付く限りのお断りをしているが、一向に帰る気配を見せない。コイツはとんでもなくしつこい。これだけ拒絶されても全く意に介さない。
「あのなぁ、俺だって武者修行中の身だ。まだまだ未熟者の俺が、弟子なんて100年早いんだよ。修行の邪魔だから帰れ。」
「兄貴の修行の邪魔なんてしませんよ。オイラも魔法や技を教えてもらおうなんて、思ってもいません。ただお側に置いて下さい。」
これだ。手を変え品を変えを断ろうとするが、ひたすら付いてこようとする。何なんだ一体?シャル様の下僕である俺が、下僕の分際で弟子なんて取れる訳ないだろう。
「これ以上、付いてくるならコイツ《金棒》でド頭かち割んぞ!!」
最終手段だ。実力行使を仄めかして無理矢理にでもお引き取り願おう。俺は金棒を背中から取り出し、軽く脅してやる。この程度の気迫でも一般人なら失神ものだろう。
「脅かしたって…………オイラには…………通用しないぜ…………。」
足をガクガクさせながら、ルセロが蚊の鳴く様な声で言う。立っているのもやっとだろう。案外、頑張るなと思うが、それも限界だろう。目に涙を溜めながら、必死にしがみつくのを振り払う。
「悪いがこちらにも事情があってな。お前さんに構うヒマはない。じゃあな。」
俺はそう言うと街道へと踵を返す。可哀想だが付き合いきれない。俺には帰還への手掛かりを探すという、人に言えない目的がある。
それに主人は吸血鬼だ。しかも恐怖と悪夢の代名詞と言われた吸血鬼の姫様だ。その関係者と思われるだけで死刑は免れない。だから、弟子にしない方がコイツの為だ。
俺は別に殺されたって構わない。こちらに転移して右も左も分からない時から、御世話になった御恩がある。そして何より〈力〉を頂いた。この野蛮な世界で、何よりも渇望される〈力〉を頂いた御恩は計り知れない。
『恩には恩を!』
俺にとっては絶対の言葉だ。例え何があろうとも、シャル様を裏切るなどあり得ない。命の恩人、生活の保護者、〈力〉の授与者など考えられないほどの庇護を受けたからには、返さねばならない。これは俺の矜持だ。だがそれをルセロに求めるのは筋違いだろう。
「待ってくれ。頼む!頼みますから弟子にして下さい!!」
「くどい!俺に弟子を取るつもりは無い。失せろ。」
ルセロは歯を食い縛りながら立ち上がり、俺に駆け寄るとズボンにしがみついた。絶対に逃がさない。その姿勢からは並々ならぬ執念が感じられた。なぜそこまでする?一体、ルセロを突き動かすものは何なのか?
初めてこの冒険者風の子供に興味を持った。だが、弟子を取らないのは決定事項だ。それは変わらない。
「お願いします!何でもしますから、弟子にして下さい。お願いします!」
ルセロは泣きながら頭を下げる。俺のズボンを掴み、逃がさない様にしながら、器用に何度も土下座する。
(…………………………コイツ…………………命掛けで頭を下げやがる。)
俺は、その姿にシャル様に頭を下げる自分を見た。
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