第4話 転勤辞令にトラトラトラ
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辞令
銭形 治郎吉殿
平成30年12月8日をもって異世界イデア営業所 営業部営業課 勤務を命ずる
たったこれだけが、1枚のA4プリント用紙に記載されていた。
紙を持つ手がブルブルと震える。
入社して6年。
辛い時も苦しい時もノルマのために、必死になって働いてきた。
無茶振りする客先をなだめ、下げたくない頭を下げ、上司には怒鳴られ、他部署とはクレームの押し付け合い。日付が変わるまで残業した日々。
一体、何がいけなかったのだろうか?
ポツリポツリと紙に涙が落ちる。
悔しい………………。
社畜の、社畜による、社畜のための人生だった。なのにこの仕打ちは、あまりにも慈悲が無い。
そもそもウチの会社、自動車関連の部品メーカーだよ………。
「異世界で現物もカタログもなしに、部品を売り歩けってか?そもそも異世界に車は存在するのか?もし存在しないならどーしろってんだ!!」
ジロキチが怒声を上げる。無理もなかった。紙切れ一枚で転勤、しかもイデアという謎の世界。海外ですらない。そして辞令には転勤を命ずる文言のみ。では、その転勤期間は一体何年になるのか?いや日本に帰ることは可能なのか?
(まさか死ぬまで帰れないとか?)
ジロキチは自分の考えを否定出来なかった。むしろ否定する材料が何も見当たらない状態で、帰還について楽観視する自体がナンセンスだ。何の希望もない状態、それがジロキチの現状だ。
「上等だ! 異世界だろが何だろうが関係ねぇ、生きて必ず日本へ帰ってやる!」
彼の人生でこれほど頭に血が上った例はない。激怒すら生ぬるく、黒い憎悪すら感じた。怒りのまま、何度も何度も転勤辞令を読むうちに、逆上していた頭が冷めてきたが、心の内はドス黒い感情が冷たく沈み、永久に溶けない氷のごとく、硬く冷たい物へ変質した。
(この借りは必ず返す。俺は社畜だが人間だ。畜生じゃねぇ。人間には感情と人権があるって事を、教えやらねば気が済まねえ。)
血の気も引き冷静になると、俺はふと気付いた。
「そうだ今日、12月8日は、太平洋戦争開戦日だ。」
1941年(昭和16年)12月8日
ハワイのオアフ島にある真珠湾を電撃的に奇襲攻撃した。
あの日だ。
華々しく開戦したが、最終的には完膚なきまで、叩き伏せられた戦争の開戦日。
それが今日だ。
あの敗戦以来、日本は方針を180度変え「お国の為に」が「会社の為に」と変更され、国民はそれこそ馬車馬の様に働いてきた。ジロキチも同じだ。彼も死ぬ気でノルマを達成するために必死で働いてきた。
その結果がご覧のざまである。
「異世界がどんなものか知らないが」
「次は勝つ」
ジロキチはそう決意して、転勤辞令をビリビリに破り捨てた。