第26話 名誉と面子
男のプライドを賭けた戦いは、見事ジロキチの勝利で幕を閉じた。
(メスかも知れないけど………。)
あの鹿は放置した。食い物に困ってる訳でもない。狂暴な1つ目巨人のように襲い掛かってきた訳でもなかった。そろそろ体調も回復し復活しているだろう。
ジロキチは金棒担いだ怪しいオッサンだが、無闇に殺生を重ねるキリングマシーンでも無い。鬼より怖い彼の上司も基本的には優しい。歯向かう奴らは問答無用で皆殺しだが。しかし、それも見せしめを兼ねている。縄張りを侵すなど一線さえ越えなければ、慈悲深く話の分かる主人だと彼は思っている。
ただし、名誉や面子に関する事柄は、絶対に引かない。
これはエラにも注意を受けた。
異世界イデアでは、昔の武士道や騎士道的な考えをする者が多い。侮辱されるよりも、侮辱に対して復讐しない方が悪い、という考え方だ。何よりも名誉を守り、名誉挽回する事を美徳とする社会。
だから侮辱してはいけないし、されてしまったら命に懸けても報復する。場合によって、名誉は「命」より重くなり得る。
恐ろしいことに、この考え方は一門や氏族にも適用される。一門の誰かが侮辱されたら、一門全ての名誉に傷がついたと判断される。その場合、恥を雪ぐため、一門全てが動くのである。
騎士同士の喧嘩が、両家の喧嘩になり、さらに上級の貴族同士の喧嘩へと移行する。そこまで行ったら喧嘩ではなく、もはや抗争・戦争レベルになってしまう。
シャル様の下僕であるジロキチも、他家から見れば身分は低いが、一門だと見なされる。よって相応に考えて、動く必要が彼に求められる。主家の名前を使い、その威勢を借りて調子に乗る様な行為は、部下として誉めらた行為ではない。
虎の威を借る狐。
主人の権力を笠に着る。
こんな行為は厳禁だ。しかし、不思議なもので、この手の輩はどんな世の中でも一定数は必ず居る。異世界なら貴族と平民。日本なら大会社と下請けの関係など、必ず力関係を持ち出してトラブルを起こすのだ。
ジロキチにも少なくない経験がある。
「胸糞悪い。思い出したくねぇよ。」
彼は吐き捨てるように呟き、脳裏に浮かび上がる嫌な記憶を振り払って走り続けた。
あれから何㎞走ったのか分からないが、ジロキチはかなり進んでいた。。
(一度、木に登って確認するか。おー、かなり近づいた。)
このままのペースで進めば、今日中に到着出来そうだった。
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